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恋かるた
第5章 思いたえなむ -睦月-

あわただしく年が明けると、試験まで残りあと1か月あまりとなった瑞穂はさすがに緊張の表情になることが多くなった。
経済的な事情で私学に行かせることはできなかったし、よほどのことでもない限り心配はない、と担任教師からは言われていたとはいえ、やはり志織も神経を使っていた。
瑞穂とともに息が詰まるような年末年始を過ごした志織にとって、休み明けの仕事はむしろほっとする気持ちだった。
「これから湯島天神に行かないか?」
松石志織としてその年に初めて訪ねた土曜日、沢田はそう言って彼女を誘った。
「ええ、ぜひ。 わたしも行きたかったんです」
学問の神様である菅原道真を祀る湯島天神は合格祈願の参拝客で受験シーズンは賑わう。
道の混雑を避けてふたりは電車で向かうことにした。
普段めったに電車に乗ることのない志織だったが、ロングシートに並んで座ると、触れている隣の沢田の身体のぬくもりがうれしかった。
地下鉄千代田線を湯島で降り、昔の風情が残る小道を抜けて緩やかな女坂の33段の階段をゆっくりと上る。
ふたりが上りきったところで、雪が舞ってきた。
「あ、雪…」
どちらからともなくそう言って、顔を見合わせると微笑んだ。
湯島天神には雪が似合う。
予報どおりの天気でまだ受験日まで少し間があるせいか、土曜日の午前中の境内に人出はまばらだった。
「これでもう大丈夫だね」
参拝を終え、お守りを買うと沢田が志織の顔を覗き込むようにして言った。
「はい、ありがとうございます」
「梅園見て行こうか」
境内にある小さな、しかし有名な梅園へ彼が志織を誘った。
少し舞い方を増した雪の中でまだほとんどの蕾は固かった。
時折吹き抜ける風がふたりの頬を刺す。
「寒い…」
一瞬強く吹いた風に志織は無意識に沢田の腕をつかんでいた。
「寒いね、大丈夫?」
そう言って彼は自分のコートの前を開くと志織の身体をそっと包んで抱いた。
その小さな梅園に、今は人影がなかった。
「あったかいところに行こうか…」
「はい…」
沢田のコートにくるまれて両手を彼の胸にあてたたまま、志織はそっとうなずいた。
下りの男坂の少し急な階段を、気をつけながら手をつないで降りるふたりの先には目立たない白いホテルのサインがあった。

