この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
恋かるた
第7章 いかに久しき -弥生-

2日間にわたった瑞穂の入試が無事に終わった。
まずは、体調を崩すことなく受験できたことに胸を撫で下ろした志織だったが、瑞穂はまるで他人事のように呑気にしているように見えた。
「自己採点も良かったしね」
瑞穂はそう言ったが、一応A判定は出ていたとはいえ、志織にはまだ合格発表までの落ち着かない日々が残されていた。
「とりあえずほっとしました」
1月がキャンセルだったので2か月ぶりとなった家事代行訪問で沢田の家を訪ねた志織は、彼の顔を見ながら改めてそう口にした。
「発表まであと少し落ち着かないね」
「そうなんです。本人は大丈夫と言ってますけど…」
作業の手を動かしながら志織は応える。
もう沢田は自室へ籠ることなく、時々合間を見て志織と会話を交わすようになっていたが、仕事の日はなるべく個人的な会話は避けるようにするのが暗黙の了解となっていた。
そういう節度のある対応が志織にとっては彼の魅力でもあったが本当は、洗濯物を出して下さい、と言いたいのを抑えるのに苦労していた。
(合格が発表されたらきっと…)
志織は胸に刻んで手を動かす。
「紅茶淹れたから…」
作業の終わりの気配を察した沢田が声をかけに来た。
「わたし、正社員になろうかと思うんです」
ダイニングテーブルでお茶をいただきながら、なんとなく志織は沢田の反応をうかがった。
「それはいいじゃないか」
「でも、そうすると沢田さんのお宅をお伺いできなくなるかもしれないので…」
「どうして?」
「新しい人に徐々に代わっていくんです」
「実務担当でなくなるということ?」
「はい… 内勤業務が増えるので…」
最初は好感をもって応えていた沢田の顔が曇った。
「お客が強く希望すればいいんじゃないの?」
「そうですが、上司が決めることなので…」
「仕事でなくて外で会うのは構わないよね?」
「はい、それは個人的なことですから…」
顔を上げて眼を見ながらはっきりと応えた志織を見て沢田は安心した表情に戻った。
「じゃあ、これ4月からの勤務体系のお知らせよ。 おめでとうございます!」
沢田の家の訪問が終わってから2週間が経った3月の初め、正社員への登用が決まった志織に課長の井川が辞令と書類を渡しながら笑顔で告げた。

