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家は檻。〜実父の異常な愛〜
第4章 花籠の中のつぼみ
赤いランドセルを肩から下ろし、こよみはそれを自室の隅に置くと、すぐに台所へ向かった。
靴下のまま畳を渡り、板の間に入ると、昼間のぬくもりを残した空気が足裏に柔らかくまとわりつく。
エプロンを首に掛け、背中でひもを結ぶ。
冷蔵庫の野菜室を開け、ほうれん草の束を取り出した。茎に指をかけると、ひんやりとした水分が肌に移る。
流しで洗いながら、鍋の水を張り、火にかける。

「……間に合うかな」

時計の針は五時を回っていた。あと一時間足らずで父・孝幸が帰ってくる。間に合わせないといけない。
今日の献立は焼き鮭、ほうれん草のおひたし、なめことお豆腐のお味噌汁……。大丈夫、急げばきっと間に合う。
包丁を握る手に力が入り、まな板の上で刃が小さく音を立てた。

湯が沸く間、こよみは何となく天井の方を見上げる。
あの頃、この台所にはもっと色があった。
母・芙希子がいた頃の夕方は、食器が鳴り、味噌汁の香りが漂って、外の夕焼けと混ざり合っていた。

「こよみ、お味噌入れてくれる? お母さん、お野菜切るから」

あの声を思い出した途端、包丁の動きがふと止まる。
湯気の向こうから差し伸べられた母の手。春は筍、夏は茄子、秋はきのこ、冬は白菜。季節ごとの食材が並ぶ台所は、少しの失敗も笑いに変わる、不思議な場所だった。

鍋をのぞき込む母の後ろ姿、薄く茶色がかった髪、袖口をまくった和服姿。それが、ごく当たり前の景色だった。
――あの日までは。

小学三年生の秋、母は突然いなくなった。理由は何も告げられず、家の空気から、母だけが消えた。
それから、この家では魔法がかからなくなった。

鍋の中でほうれん草の緑が鮮やかに広がる。菜箸で軽く押さえながら、こよみはぎゅっと唇を噛みしめた。母がいない台所は、ただ仕事をこなすだけの場所になってしまった。
それでも、やらなければいけない。
鍋を火から下ろし、ざるにあける。水気を切りながら、時計をもう一度見る。まだ間に合う――胸の奥で、わずかな安堵が広がった。

そのとき、外からシャッターの降りる重い音が響いた。
商店街の一日が終わる合図。

こよみは菜箸を置き、手を止めた。これから来る夜の気配が、音に混じって忍び寄ってくるようだった。
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