この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
いまやめないで このままでいて
第6章 第6話 たまらないその指の戯れ

「今度のデザインも評判いいですね」
納品先のマネジャーに良い評価を受けて、美郷は笑顔を見せながら頭を下げた。
「売れるといいですけど…」
「大丈夫よ、1ロットあっという間に売れると思うわ」
マネジャーもいつもどおりの笑顔で応えてくれた。
谷村美郷はある中堅下着メーカーの契約デザイナーとして仕事を始めて5年になる。
デザイン専門学校を卒業してランジェリーデザイナーを目指していた彼女は、学生時代から3社ほどのデザイン依頼を単発契約で受けているうちに、気に入ってもらえた今のメーカーに専属契約を申し込まれたのだった。
正社員の選択肢も提示されたし、安定面の不安もあったのだが、自宅で仕事ができる自由度の高さを彼女は選んだ。
「じゃあ、またセットでAW10点ほどお願いね」
ブラとショーツセットのAWと称される秋冬需要向けデザイン依頼を2週間の納期で受けると、美郷は一礼してマネジャーの席を離れ、都心の小さな社屋をあとにした。
美郷のデザインする下着は10代後半から40代後半まで幅広く人気があり、会社はブランド化しようとしていたが、彼女自身はまだ早すぎると思っていたし、自分の名前を冠すことは拒絶していたので不思議がられていた。
商品をブランド化するときにデザイナーからは自分の名前を出してほしいと言われるのが普通のことなのだが、美郷は頑なにそれを拒んでいたのである。
「『美・Sato』ってどうかしら?」
このあいだもマネジャーにそんな打診をされた彼女は、顔写真が添えられると聞いてすぐに断った。
「そんなにいやなら、顔写真なしでどう?」
「もう少し考えさせてください」
「欲がないわねえ」
今年になってから何度かそんな会話が繰り返されていた。
(あの人に相談してみようかしら…)
美郷にはつい最近知り合ったばかりで、付き合うかどうか迷っているまだ“カレ”とは呼べない相手がいてふとそう思ったのだったが、誰にも言えない隠れた自分の性癖を、彼にどう思われるかという不安が付き合いを迷わせていたのだ。
会社を出てから電車の中でもずっと迷いながら、夕方の買い物客で賑わうまだ明るい商店街を抜けて、美郷は自宅の小さなマンションへ帰って行った。

