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略奪貴公子
第2章 見初められた花嫁

 森の香りを運ぶ風が、木上の乙女の顔を撫でる。

 そして彼女のピンクベージュのドレスをふわりと巻き上げた。

「……まだ、まだね」

 しかし乙女は顔をしかめた。

 …この国の冬は長くて暗い。だからこその待ち遠しい春の訪れ。

 その春に先立ちいち早く咲くのが、サンザシという白い花だ。

 そんなサンザシの漸(ヨウヤ)く咲きだした控えめな花びらが、ある種のじれったさを含んで、彼女の目には映っていた。

「レベッカ様ー!」

「……」

 何処からともない呼び掛けに振り返ると、メイドが走ってくる。

「…ハァ…こんなところにいらっしゃったのですね」

「──どうしたの?」

 彼女がいそうな場所を探して走ってきたのだろう。息を切らしたメイドが慌てて此方に駆け寄るのを

 ──それを、彼女は制した。

「ダメですよ、踏んだら」

「え?あ、花でございますか?」

「そうです。やっと咲いたんだから…」

 やっと咲いたサンザシ。
 それは、やっと訪れる冬の終わり。

 …それは単なる花ではない。

“ 台無しにされてはたまらないわ ”

 幹(ミキ)に手をつきバランスを取り直すと、彼女は軽やかに地面に飛び降りた。



 彼女の名はレベッカ。

 Rebecca zo Eulenburc
 レベッカ・ツー・オイレンブルク。

 オイレンブルク家の令嬢のひとりである彼女は、先日に十九の誕生日を向かえた乙女で

 その折に催された会食でも…父や母、三人の姉達によって盛大に祝われたばかりだ。

 …しかしレベッカに本当の姉妹はひとりもいない。

 彼女の実の両親は七年前に他界し、遠い親戚であったこの家に養子としてもらわれたのだ。

 オイレンブルク家の義父母は、養子であるレベッカを実の娘のように大切に育てた。

 そしてそれが──

 単なる良心によるものでは無いことを、レベッカは当たり前のように理解していた。

 この家に引き取られた自分に周囲が何を期待しているのか…。レベッカは常に、それを念頭においた上で生きてきたから。



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