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二重生活
第23章 毒りんご
柔らかな雨が、降り注いでいる。

気象庁が、梅雨入りを発表したのは、昨日のことだった。
ゆっくりと確かに、季節は移り変わっていた。





あれから、彗君と会う時間を、早朝からお店へ行くまでの時間帯に変えていた。
雄一が出勤した後すぐに、部屋へ行く。
朝食を一緒にとり、身体を重ねて、微睡む。
電車に揺られ、少し離れてお店までの道を歩く。

家事は、帰宅してから一気に済ませた。

以前と同じように、常に家にいる鞠香に、

「食事の後片付けくらい俺にもできるんだから、もっとこの前みたいに、友達とゆっくり食事しておいで」

と、雄一は言った。
カラリと明るくて、豪快で、梅雨が似合わない人。

鞠香は、あれは見間違いだったのかもしれないと思うようになっていた。




<鞠香さん、おはよう。風邪ひいたかも……〕

彗君のところへ行く予定で身支度をしていると、連絡が入った。

〔大丈夫? 熱あるの?>

<うん。8度ちょい〕

〔もっと早く頼ってくれていいのに……すぐ行くから、暖かくして寝てて>

<いいの? ありがとう。うつしたくないけど、会いたい。風邪ひいたら、なんかすげー寂しい気持ちになった〕



りんご、お粥の材料、薬と湯たんぽ、熱冷ましのシート、それからコンビニで買ったスポーツドリンク、ゼリー、プリン、アイス、桃の缶詰を両手に抱えて彗君の部屋に走った。

彗君は首まで布団にくるまって、赤い顔で寝ていた。
汗を拭いて、おでこにシートを貼る。

「鞠香さん……ありがとう」

掠れた声で見上げてくる顔は、頼りなくて儚げで、愛しさが込み上げた。

「どれ食べたい?」

「りんご……すったやつ」

真っ赤なりんごをすりおろして、スプーンで口元へ運ぶ。

「これ、毒りんご? なんか胸が痛い。涙が出そうになる……」

その言葉にきゅんとなる。

「俺が目覚めなかったらキスして起こしてね」

「うん」

「鞠香さん?」

「ん?」

「もう少しだけここにいて」

「彗君が眠るまでここにいるよ」
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