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二重生活
第23章 毒りんご
「ちょっとちょっと。この話、重くない? もっと楽しい話しよーよー、ね、雄一さん?
あ、雄一さんって呼んでもいいですか? 旦那さんっていうのもちょっとなぁって」

沙織のよく通る明るい声が、耳のなかで間延びしてこだます。
まるで、水のなかにいるみたいに。

「もちろんだよ」

「いいな~俺もリョウさんって呼ばれたい」

「あはは、なんか、それ、亀有の派出所の人みたい」

「俺あんなに眉毛太くねーし……」

和やかな笑い声が響くなか、愛想笑いで付き合いながら、鞠香はずっとさっきの雄一の言葉を反芻していた。



信じられているということ
裏切っているということ



「やだやだ~本当にウケる!」

目の前では、沙織たちが楽しげに話していた。
リョウ君のことが気になると打ち明けてくれた沙織。

「あの二人、お似合いだな」

「うん、お似合いだね」

答えながら、沙織に彼がいたのはいつ、誰だっただろうとふと思った。

(あの人素敵~)(デートするんだぁ)

そんな話はたくさん聞いたけど、誰かを好きになったり、付き合ったりという話は、そういえば一度も聞いたことがなかった気がした。


(リョウ君のことも、一時の軽い気持ちだったらいいな……)

身勝手なことを思ってしまい、慌てて打ち消す。
友達の幸せを祈れないなんて……


罪悪感ばかりが、どんどん積もっていく夜。



「あのマンションなんですか!?」

その時、リョウ君が大きな声をあげた。

「そーなの。やっぱり鞠香のお家有名なんだね」

「あそこは知ってますよ。何度か通ったことあるけど、どんなセレブが住んでるんだろうって思ってた。じゃあ、二次会は、お二人のお宅訪問ってことでお願いします」

「いいねいいねっ、賛成~」

沙織がはしゃいだ声をあげた。

「うーんと、鞠香さえよければ……」

雄一の人のよさに、舌打ちしたくなりながら、
断る口実を探してみても、混乱した頭には何も浮かんではこなかった。



沙織が、懇願するような瞳で鞠香を見つめていた。



私は、この瞳に弱い……。
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