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助教 沙霧
第2章 研究の日々
夕刻、沙霧は大学のカフェテリアの片隅で、一人静かに夕食を済ませた。
周囲の学生たちが談笑する声は、厚い膜の向こう側の出来事のように遠い。彼女は自分の世界を守るために、見えない殻の中に閉じこもっていた。
食後、習慣となっている自らのブログ「和歌逍遥」をスマートフォンで開く。
そこは沙霧が唯一、「研究者」という枠から自由になり、自身の研究成果や和歌への想いを感じるままに吐露できる場所だった。学術的な考察が主ではあるが、時に選ぶ和歌とその解釈には、他に行き場のない沙霧の情念が滲むことがあった。
その日の投稿は、和泉式部の歌だった。
『黒髪の 乱れて知らず うち臥せば まづかきやりし 人ぞ恋しき』
乱れる黒髪を整えることもせず、独り臥せっていると、かつてその髪を優しく掻き揚げてくれたあの人が恋しくてならない――。
沙霧は自身の短い髪に触れながら、その情熱的な歌に短い解釈を添え、公開ボタンを押した。
帰路につく地下鉄の車内。
窓ガラスに映る自分の顔は、相変わらず冷徹で、スキがない。
だが、その瞳の奥には、自分でも持て余すほどの暗い熱が、静かに、しかし確実に灯り始めていた。
家に帰れば、またあの孤独で淫靡な時間がやってくる。
沙霧は吊り革を握る手に力を込め、逃れられない自分自身の業を、改めて噛み締めていた。
周囲の学生たちが談笑する声は、厚い膜の向こう側の出来事のように遠い。彼女は自分の世界を守るために、見えない殻の中に閉じこもっていた。
食後、習慣となっている自らのブログ「和歌逍遥」をスマートフォンで開く。
そこは沙霧が唯一、「研究者」という枠から自由になり、自身の研究成果や和歌への想いを感じるままに吐露できる場所だった。学術的な考察が主ではあるが、時に選ぶ和歌とその解釈には、他に行き場のない沙霧の情念が滲むことがあった。
その日の投稿は、和泉式部の歌だった。
『黒髪の 乱れて知らず うち臥せば まづかきやりし 人ぞ恋しき』
乱れる黒髪を整えることもせず、独り臥せっていると、かつてその髪を優しく掻き揚げてくれたあの人が恋しくてならない――。
沙霧は自身の短い髪に触れながら、その情熱的な歌に短い解釈を添え、公開ボタンを押した。
帰路につく地下鉄の車内。
窓ガラスに映る自分の顔は、相変わらず冷徹で、スキがない。
だが、その瞳の奥には、自分でも持て余すほどの暗い熱が、静かに、しかし確実に灯り始めていた。
家に帰れば、またあの孤独で淫靡な時間がやってくる。
沙霧は吊り革を握る手に力を込め、逃れられない自分自身の業を、改めて噛み締めていた。

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