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助教 沙霧
第1章 沙霧 ~ストイックな古典和歌研究者~
西日に照らされた大学図書館の閲覧室は、埃の粒子が黄金色の光に躍り、沈黙が耳の奥で鳴るような静寂に包まれていた。その最奥、高い書架に囲まれた個人用の研究机に、瀬川 沙霧(せがわ さぎり)はいた。二十九歳。古典和歌の研究にいそしみ、若くして助教の立場にある沙霧は、その年齢に似合わぬ峻厳な空気を纏っている。机の上に広げられたのは、使い込まれた翻刻本と、細かな文字が几帳面に並んだ研究ノート。沙霧が手に持つ万年筆の先からは、千年の時を超えて息づく言葉たちが、新たな生命を吹き込まれるようにして紙の上に滴り落ちていく。
沙霧の横顔は、彫刻のように整っていた。耳を露出させた短い黒髪は、彼女の意志の強さを象徴するかのようで、うなじから首筋にかけての柔らかな曲線が、かえって禁欲的な美しさを際立たせている。その大きな瞳は、時に鋭く、時に憂いを含み、万葉・平安の歌人が三十一文字に込めた秘めやかな恋情や、言葉の裏に潜む情念を読み解こうと、紙面を執拗に追い続けていた。
「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は .....」
無意識のうちに唇から漏れた和歌の響きは、乾いた空気に溶けて消えた。
沙霧が研究しているのは、和歌における「忍ぶ恋」の変遷である。表向きは優雅な贈答歌として交わされながら、その深層には理性を焼き尽くすような衝動と、社会的な規範に抗えない絶望が同居している。沙霧はそのパラドックスに惹かれ、ひたすらに資料の山と向き合う日々を送っていた。
沙霧の横顔は、彫刻のように整っていた。耳を露出させた短い黒髪は、彼女の意志の強さを象徴するかのようで、うなじから首筋にかけての柔らかな曲線が、かえって禁欲的な美しさを際立たせている。その大きな瞳は、時に鋭く、時に憂いを含み、万葉・平安の歌人が三十一文字に込めた秘めやかな恋情や、言葉の裏に潜む情念を読み解こうと、紙面を執拗に追い続けていた。
「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は .....」
無意識のうちに唇から漏れた和歌の響きは、乾いた空気に溶けて消えた。
沙霧が研究しているのは、和歌における「忍ぶ恋」の変遷である。表向きは優雅な贈答歌として交わされながら、その深層には理性を焼き尽くすような衝動と、社会的な規範に抗えない絶望が同居している。沙霧はそのパラドックスに惹かれ、ひたすらに資料の山と向き合う日々を送っていた。

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