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愛と犠牲の果て~人妻を堕とす愛人契約~
第35章 遠い密室で堕ちる
二人が向かったのは、夜景を一望できる都内高級ホテルのトップラウンジであった。地上数十階の高さから見下ろす街の灯りは、まるで宝石を撒き散らしたかのように煌びやかで、先ほどまでの割烹の湿り気を帯びた空気とは対照的な、非日常の解放感に満ちていた。
窓際のボックス席に深く腰を下ろすと、都会の喧騒は遠い世界の出来事のように思える。
「……今日は本当に、君の新しい一面を見た気がするよ」
運ばれてきたシャンパングラスの泡を見つめながら、鬼頭が静かに口を開いた。
「仕事への理解度、そしてあの場を支配する立ち振る舞い。正直に言えば、俺の想像を遥かに超えていた。君は単なる秘書じゃない。このプロジェクトを成功させるために、不可欠な光だ」
「……鬼頭さん」
真っ直ぐな称賛に、澪は胸の奥が熱くなるのを感じた。家では「妻」であり「母」であることが日常のすべてであり、自分の能力や「個」としての価値をこれほどまでに真正面から認められたことはなかった。鬼頭の言葉は、彼女の中に眠っていた自尊心を優しく揺さぶり、心地よい高揚感となって全身を巡っていった。
「でも、あんな風にボタンを外すなんて……。今思い返すと、本当に恥ずかしくて」
「あれは俺が強いたことだ。本当に申し訳ないと思っている。だが……」
鬼頭はふと言葉を切り、夜景から視線を移して澪を真っ直ぐに見つめた。
「あの時、神楽坂さんが君に釘付けになっていたのは、単に肌が見えていたからじゃない。君が醸し出す、誰にも侵せないような気高さと、その裏にある危うい艶に、彼は圧倒されていたんだ。それは、ボタンを留め直した今も……俺の目には変わらず映っているよ」
ホテルのラウンジの抑えられた照明が、鬼頭の瞳を妖しく、そして深く輝かせる。彼はそっとテーブルの上に置かれた澪の手に、自分の指先を重ねた。ただ触れるだけの、しかし確かな熱を持った接触であった。
「ここは、家じゃない。誰かの妻でも、母でもない。君という一人の女性が、大きな仕事を成し遂げた勝利の場所だ。今夜くらいは、その誇りに酔ってもいいんじゃないか?」
その指先の熱が、手の甲を通じて澪の全身へと伝わる。早く帰らなければいけないという理性の声は、鬼頭が与えてくれる「一人の女としての肯定」という甘美な響きにかき消されていった。
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