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披露宴の裏庭。蜜夜の神戸
第31章 神戸の朝(5)
ホテルの部屋を出て、先輩と別れた後の神戸の街並みは、さっきまでの熱狂が嘘のように冷ややかで、洗練された静寂に包まれていた。

朝の風に吹かれながら、観光に、と思い、元町から旧居留地へと歩を進める私の足取りは、どこかおぼつかなく、重さを孕んでいた。歩くたびに、太もものもっと奥に残る彼の残した熱が、先ほどまで内側から強く掻き乱されていた感覚を鮮明に呼び起こした。

(……まだ、身体の奥にあの人の熱が残ってる……)

ショーウィンドウに映る自分の顔を盗み見ると、そこにはまだ、快楽に悶えていた時の名残のような、熱を帯びた瞳と、どこか自堕落に潤んだ唇があった。じっと見つめるうちに、これまでの会話で募らせてきた罪の意識が胸を刺す。

異国情緒あふれる美しい神戸の街並みは、不倫という「背徳の淵」に堕ちた今の自分には眩しすぎるように感じた。すれ違う幸せそうなカップルの笑い声、家族の温まる会話。それら全てが、まるで自分の汚れを告発しているかのように聞こえ、この場所から逃げ出したくなり、私は思わず早歩きになる。

しかし、一歩踏み出すごとに、シーツに深く沈み込みながら味わった濃密な快感の密度が脳裏をかすめる。

(あんなにいけないことだと思っていたのに……もう受け入れないと思ってたのに……どうして)

海面に映る赤いポートタワーの陰りが波の中へ溶け出すのを見つめながら、私は自分がしばらくは、幸せを誓い合う、あの輝く舞台には立てないなあ、ということを考えてた。全身を痺れさせていたあの激しい衝動の余韻は、私の心の奥底に刻みこまれてしまった。しばらくは消えない烙印を押されてしまった。

駅のホームに滑り込んできた列車に乗り込む。席に座り外を眺めると、列車の窓に映る自分の顔がどこか虚ろにみえた。昨日までの楽しい喧騒の思いは次第に小さくなっていき、ホテルで刻まれた「消えない烙印」だけが強くなっていく。

(また日常にもどっていくのね。さよなら、あの場所。さよなら、先輩……)
動き出した列車の加速と共に、海面に揺れていたポートタワーの赤い影も、私の犯した罪も、朝の空気の中へと静かに飲み込まれていく。けれど、心に深く刻み込まれたあの激しい衝動の余韻だけは、冷たい窓ガラスに触れる指先を、今も微かに震わせ続けていた。
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