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名馬の城
第5章 さらわれた若武者
気が付くと、日は高く上っており、どこぞの山中の開けた場所に寝ていた。
遠くには雪をかぶった山々が見える。
見慣れぬ景色にあわてて体を起こすと、黒鹿毛は近くで草を食んでいる。

槻弓に気づいたのか黒鹿毛はすっと首を起こして、じっと槻弓の目を見つめた。

すると、黒鹿毛はみるみるうちに人間の男に姿を変える。

ゆうに六尺を超える背丈と、褐色の肌の筋骨隆々とした男。
夢でみた男と全く同じ容姿である。

現実で見ると、端正で掘りの深い顔だった。
肩衣袴で腰に刀を差しており、武士のようだった。

女には困らそうな男である。

「お前は一体…」

男は一歩、一歩槻弓に近づいてくる。

「来るな!」

槻弓は持っていた刀を抜いた。
体は女でも服装は男のままでいたため、幸いにして刀を持っていた。

「それ以上来ると、斬る!お前は一体何者だ?」

「黒鹿毛いや、今は義綱だ。」

夢とは違い、男は当たり前だが言葉を発した。
低い地を這うような声だった。

「ここは一体どこだ?」

「ここは信濃国。武田の領地だ。」

「何だと?」

気を失っている間にとんだところまで連れてこられてしまったようだ。

「なぜ人の姿になれる?」

「俺たちはもとは人だ。馬の姿にもなれるが、人でいる方が短い。」

「”俺たち”ということは仲間がいるのか?」

「それはおいおい紹介してやる。
それより、先に俺をだしぬいたのはお前だ。だからかっさらってきた。お前は、もう三河国には戻れない。私のもとで暮らすのだ。」

「捕虜になれと言うならお前をここで斬る!それが嫌なら私を梓弓城へ戻すことだな。」
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