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純喫茶レモン Moonlight
第1章 恋人になる夜
「なんなんですかね」

「知らない……」

そう言って円香は直樹から目を逸らした。

「店長」

背後から直樹に呼ばれ、円香は足を止めた。

「何?」

振り返ると、直樹がすぐそこに立っていた。

ただ名前を呼ばれただけ。

いつも呼ばれ慣れているはずなのに。

――なんでこんなに気になるんだ。

私、直樹さんのこと好きなのかな?

紅茶を淹れる手も、紅茶の説明をする顔もいつも見ているはずなのに。

自分の気持ちがよく分からない。

円香はカウンターに立ってボーッとしていた。

「店長、大丈夫ですか?」

直樹が心配そうな表情で、円香のそばへやってきた。

「だ、大丈夫!」

思わず変な声が出た。

「具合が悪いなら今日は帰った方が――」

円香が上の空になっていると、レジ横にいる大きなアザラシのぬいぐるみのチャピの声が聞こえた。

『円香さん、今日ずっと変。』

「チャピさんが何か言ってるんですか?」

チャピの声は円香にしか聞こえないので、直樹が尋ねた。

「なんでもない!」

円香はチャピにそう返すと、スタッフルームへ逃げ込んだ。

胸の奥が、まだ落ち着かない。

「はぁぁ……今日おかしいぞ、自分」

円香はそう呟いて、自分の頬を軽く叩いた。

直樹がいないと、何かが足りない。

いるだけで安心する。

気づけば目で追っている。

近くに来ただけで、こんなにも落ち着かなくなる。

「なんで直樹さんだけ……」

口にして、円香は止まった。

「私、直樹さんのこと好きなのかも……?」

胸が高鳴るのは直樹だけだった。

「まさか私……」

そう呟いた時、スタッフルームの扉が開いた。

直樹だった。

「店長、大丈夫ですか?水野さんも心配して――」

いつもとは違う、少し慌てた直樹の顔を見て、円香はようやく気づいた。

私、この人のことが好きだと。

「店長、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だから!私も、仕事戻るから!」

円香はそう言いながら直樹をくるりと後ろに向かせ、その背中を押した。
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