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明君のお母さんと僕
第1章 西瓜
 やっぱりいないみたい。宿題を詰め込んだ肩掛けの鞄が少しずり落ちてきたので、かけなおしてから、僕はいよいよその場から離れようとした。
 タタタッと足音が近づいてくる。スリッパを穿いて小走りする音だ。
 それからカチッとドアのノブが回る音がした。
「は~い」
 女の人の声だった。
 初夏の風が吹きぬけるような颯爽かつ清冽な女の人の声だ。
 僕は額から汗がドッと噴き出た。



「本当にごめんね~。待たせちゃって。明、文房具屋さんに行っただけだから、もうすぐ帰ってくると思うけど。おばさんも善三郎君が遊びにきてくれるなんて聞いてなかったから、すぐに出られなくて、ごめんね」
 彼女が玄関で出迎えてくれた時は、明君のお姉さんだと思った。でも明くんは一人っ子だったはず。
 若くて溌剌としているその女の人は明君のお母さんだった。
 明君に似て細面だけど小顔で、明君とは似ていない二重の瞳が可愛かった。玄関先で僕を見て、微笑んだ時の垂れた瞳がとても優しかった。
 藍色のワンピースから覗く二の腕やふくらはぎも細かった。
 何よりも僕の心をざわつかせたのは、明君のお母さんの濡れた黒髪だ。
 明君のお母さんは口にしなかったが、さっきまでシャワーを浴びていたようだ。呼んでもすぐに出てこなかった理由もそれで分かった。
 玄関からリビングに通された時、明君のお母さんの体からはお風呂上りの甘い香りがした。
 オスの本能的に襲い掛かりたくなる、女の人のいい匂いだった。
 リビングで、四人掛けのダイニングテーブルの椅子に座らせてもらった。こんなに綺麗な女の人と二人きりになるなんて生まれて初めてのことで、普段から赤面症で汗っかきの僕だから、顔が火照って汗も止まらない。ハンカチなど持ってきていないので、僕は汗が床に落ちないように、自分のTシャツの袖で何度も拭っていた。お行儀の悪い行為だと分かっていたけど、汗で床を汚してしまうより、まだいいと思った。
「いつも明と仲良くしてくれて、ありがとうね。善三郎君のことは、明からよく聞いているよ」
 台所にいた明君のお母さんがコップに注いだ麦茶を持ってきてくれた。コップについた水滴は僕の汗のようにビショビショで、麦茶がキンキンに冷えていることが分かる。


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