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ヒミツのカルテ
第1章 咲希(32)不感症?
自動ドアが開き、白を基調とした静謐な空間に足を踏み入れた瞬間、咲希は思わず息を呑んだ。
ひんやりとした空気に、ほのかに漂う白檀とハーブの上品な香り。
そこに受付の女性の姿はない。
あるのは、ぽつんと置かれた小さなテーブルだけだった。
テーブルの上の案内板には、こう書かれていた。
――奥へお進み下さい。『鍵の開いているお部屋』が、本日のあなたのお部屋です。どうぞお入りになり、お待ちください。
「……誰も、いないんだ」
他の誰とも顔を合わせずに済むという徹底したプライバシーへの配慮は、今の咲希にとって救いだった。
そのまま奥へ進むと並んだドアのうち、ひとつだけ、真鍮のドアノブの下にあるランプが青く点灯し、鍵が開いていることを示していた。
息を整え、ドアを開ける。
中は個室のカウンセリングルーム兼診察室のようになっていた。
柔らかい間接照明の下に、包み込むような一人掛けのソファ。その奥にはカーテンが空調により揺れている。
ソファの手前にあるテーブルには、問診票と、湯気の立つ温かいハーブティーがすでに用意されていた。
問診票に目を落とすと、そこには名前や年齢、悩みごとを細かく書き込むための項目が丁寧なレイアウトで並んでいた。
「ご職業」「気になっている症状」「パートナーとの関係性について」「これまでに身体や心で感じた痛みや違和感、そして——『誰にも言えなかったこと』」
項目を一つずつ埋めていくたびに、心の奥底で蓋をしていた記憶や感情が、文字という形をとって引きずり出されていく。
『セックスが痛い』『拒絶してしまう』
ペンを走らせる手がわずかに震えた。
自分の悩みをこうして客観的な文字として書き表すと、言い知れぬ気恥ずかしさと同時に、「私は私なりに、ずっと一人で苦しんできたんだ」という切実な実感が湧いてくる。
最後の項目まで書き終えると咲希は小さく息を吐き出し、ペンを置いた。
緊張で乾いた喉を潤そうと、テーブルの端に置かれたカップに手を伸ばす。
一口含むと、カモミールとほのかな蜂蜜の甘さが優しく広がり、こわばっていた食道から胃のあたりまでがじんわりと温かくなっていった。
ふと、ホッと息をついたその瞬間。
コン、コン、コン。
静寂な部屋に、控えめながらもはっきりとしたノックの音が響いた。

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