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僕の伴侶は蜷局を巻く
第1章 Tutorial~プロローグ
両家の子女にはふさわしくないと知りつつも、ミハルは乱暴にドアを閉めた。「悪いけど、いくら鬼の血族である我が一家のでも、人間の皮を被った獄卒にも劣る餓鬼の世話はお断りよ」

***

三十分後に母が探しに来たときにも、ミハルは依然としてキッチンで蜷局を巻き、歓迎されざる男の存在に怒りを燻ぶられていた。

「帰ったの?」

娘の問いに、ハーリーは首を横に振った。ミハルは頭に血が上るのを感じ、パソコンの画面に注意を戻したが、頭の中は、殺人餓鬼のことでいっぱいだった。忌々しい男! 幕府の残党狩りなワケ? 唯一残されたこの屋敷さえ、抵当に入っているというのに…。

「何をしているの?」ハーリーは後ろに立ち、娘の肩をそっと摩った。ミハルは笑みを浮かべ、母の腕に頭をあずけた。張りつめた神経がいくらかほどけていく。

「オークションのスケジュールよ。お母さんとお父さんが売ってもいいと言った家具と美術品をリストアップしてみたの。競売人に話したら、一度に送るよりも二、三ヵ月ごとに送った方が税金対策になるんですって。少しでも手数料をもらう為に計画を立ててるのよ」

「まあ、本当?」ハーリーは手を止め、娘の横にどかされたスツールに腰を下ろした。眉間にしわを寄せて集計表を見入る顔は、かつては想像できない表情だとミハルは悲しくなった。

ミハルは先ほどの玄関先での態度を反省した。毘沙門王から地母神と称された黄金期の母をミハルは知っているだけに、最近のやつれて感情的に弱くなった母に鬼婦人たるオーラはないと感じていた。経済的なトラブルは家族全員に大きな打撃をもたらしたが、一番辛いのは母だ。しかも母は、戊辰戦争で失ったミハルの兄の痛手から今も立ち直っていない。最近では街に出るの億劫になり、一家の没落ぶりを伝える新聞記事と、戦後も難を逃れた友人達から投げかけられる哀れみの眼差しと維新派の人達からの憐みに屈辱を噛みしめているはず。そうした状況で、まもなく三十路をむかえる娘が見た目同様、少女さながら反抗的に振舞ったのでは、母は悲しい思いをするだけだろう。
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