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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第18章
そこから取り出されたスマホを目にした途端、ヴィヴィはめい一杯背伸びをし、持ち上げた右手を思いっきり振り抜いていた。
匠海の左の頬を――
不意を突かれ兄の掌から落ちたスマホが、床の上を滑っていく空しい音。
そして、小気味良いほど響いた、パンと肌を打つ音。
「最低……っっ!!!」
悲鳴じみた侮蔑の言葉が震える唇から響けば、もう我慢ならなかった。
「どうしてっ!? なんでそんな簡単に「離婚する」なんて言えるの? 信じられないっ」
咄嗟に兄の胸ぐらを掴み上げたくなったのを、すんでの所で両の拳を握り締めて堪える。
「何なの……!? じゃあ最初から、結婚なんてしなければ良かったじゃないっ! 瞳子さん……はともかく、息子二人まで巻き込むなんて……っ 一体 人の人生をなんだと思ってるのっ!?」
一息に兄を詰った妹は、苦しそうに肩で息をする。
当たり前だが、人を殴ったのなんて初めての経験だった。
まさか自分が他人に暴力を振るうなど、生涯ありえないと思っていたのに。
けれど、平手をした掌はジンジンと痛くて、手首は捻ったのか鈍く痛む。
なのに。
目の前で放心し立ち尽くす九頭身の男の方が、まるで人間性を全否定されたかの様な、暗澹たる表情を浮かべていた。
目を覆う事すら赦されぬ現実に、小さな顔はいよいよ くしゃりと歪む。
最低なのは匠海――?
兄の莫迦な提案に乗った瞳子――?
違う。
そうじゃない。
本当に最低なのは、他でも無い自分だ。
二度目の五輪で大敗し、双子の兄にくっついて逃げるように渡英し。
しかしその一年八ヶ月後には結局、匠海の愛人に成り果てていた。
愛人となって最初に思ったのが、義姉のことだった。
兄の家庭を壊す結果に至る危険性。
そして事実が明るみになった際には、
信じていた夫の “不義” と “近親相姦” という二重の裏切りに、
瞳子は立ち直れない程に、心の傷を負うかもしれない。
他人の人生への “責任” と “代償”。
今の自分に果たして、どれ程の償いが出来るというのだろうか――?