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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第19章
クリスがヴィヴィのジャンプ・コーチに就任した。
そのビッグニュースは世界中を駆け巡り、男子シングル覇者として不動の地位を築いているクリスの更なる挑戦に、期待と不安が入混じった注目を浴びていた。
そして、ニュースから3日後――5月5日。
ヴィヴィの元に掛かってきたテレビ電話も てっきりその件に関してだと思ったが、回線の先の人物は らしくない表情を浮かべていた。
「どうしたの、ダッド。浮かない顔だね?」
現在、ここオックスフォードは13時。
ということは、日本は同日の22時頃の筈。
だというのに、まだ会社にいるらしい父・グレコリーはというと、目に入れても痛くないほど溺愛している愛娘の顔を見ても、表情は晴れないようだ。
「うん……? いやいや、バンビちゃんの顔が見られて、ダッドは徹夜出来そうなほど元気になったよ」
「ははは。まあ、若くないんだし早く帰って寝てね。……で? どうしたの?」
憔悴しているらしい父が娘を頼って電話を掛けてきているのに、何故か先を続けたくなさそうな様子に、ヴィヴィは内心首を捻りながら促してみた、
「うん……」
力無く一つ頷いたグレコリーは、革の椅子を鳴らせながら、ゆっくりと上体を起こし。
そしてデスクの上で長い指を組むと、躊躇いながら口を開いた。
「匠海が、ね……」
「え? お兄ちゃん……?」
意外な人物の名前に、ヴィヴィは一瞬キョトンとした。
匠海ほど優秀で人望が厚く、更には経営手腕もある男――とくれば、当然両親にとっては “自慢して回りたいほど出来た愛息子” な訳で。
だから、両親の口から負の色を伴った口調で匠海の事を切り出されるのは、ヴィヴィには初めての事だった。
「そうなんだ……。匠海がね、今の篠宮本体の事業を、英国のマーケットで更に展開しようとしていて」
「ん……? あれ? 前からそう言ってなかった?」
英国の親族が集まる席で、兄はちょくちょくその話題に触れていたし、周りの皆も「匠海の代には」と期待を込めて見ている者が多い。
それの何が悪いのか見当が付かないヴィヴィが、今度こそ首を傾げて疑問を呈す。