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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第19章
執事の朝比奈ですら休日で屋敷にいない――5月16日(土)
クリスと同居人・ダリルは、暖かくなり始めたオックスフォードに誘われるように、それぞれ外出していた。
卒業試験まで1ヶ月を切っているヴィヴィはというと、屋敷でひとり黙々と勉強していたが、少しの息苦しさを感じライティングデスクから立ち上がる。
窓際に寄りガラスのそれを開け放てば、少し肌寒さを感じる澄んだ空気が流れ込み、そして視線の先には「英国最古の大学の街」中世の佇まいが残る古く美しい街並みが広がっている。
深く長く繰り返した深呼吸。
顎を引き肩甲骨を寄せて背筋を伸ばしたヴィヴィは、タブレットに「La Vie en Roseを再生して」と促した。
静かに流れ始めたのはノスタルジーなナンバー。
ふぅ、と息を吐き出したヴィヴィは扉を元の様に締め、ドレッサーに向かう。
オフアイスでもほぼノーメークのヴィヴィのそれは、いたって小ぶり。
白一色の清楚なドレッサーのスツールに腰掛け、オーバル型の鏡に写りこんだ己を見つめると、引出しの中からブラシを取出し、背の中ほどまで伸びた金髪を梳かし始めた。
鼓膜を心地よく揺らすのは、昔懐かしい78回転LP(レコード盤)の針音すら聴こえてきそうな、ノイズの暖かさ。
Des yeux qui font baisser les miens
私をじっと見つめる 貴方の瞳
Un rire qui se perd sur sa bouche
口許から消える 淡い微笑
Voila le portrait sans retouche
これが 貴方の本当の姿
De l'homme auquel j'appartiens
私が心から虜になった人
丹念に髪をとかしたブラシが、音もなくドレッサーに置かれる。
ステージ上に轟くような力を湛えた、ピアフの歌声。
しかしそれは、聴いている者を時にメランコリーにもする。