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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第19章       



膝を抱えて号泣する大人の女。

その目前の鏡の中に、小学生くらいの少女が佇んでいた。

『おにいちゃん――』

今より高い愛らしい声に滲む、照れを含んだそれ。

『だいすき!』

幾度口にしたか数える事すら困難なほど、日々兄に贈っていた言葉。

そして、鼓膜を震わせる声は、更に舌っ足らずの幼いそれに退行していく。

『おにいちゃま――』

しゃがんだ大人よりほんの少しだけ背の高い幼女が、甘えるように鏡の外へ向かって短い両腕を伸ばす。

『おにぃちゃま、あいしてる~~っ』

胃凭れしそうなほど甘く重い言葉は、極上の砂糖菓子。

自分は愛されて当然の人間で。

己が与えた以上の愛情を兄がくれることに、疑問すら持っていなかった、幼く残酷な女児。

伸ばされた手は誰にも握られる事無く、徐々に小さくなり。

立つ事すら困難な丸みを帯びた身体は、ぽすりと床に尻餅をつく。

首を支えられず崩れるように倒れた赤子は、まるで産まれたての子猫のように細く丸い声でひと泣きし。

やがて小さく、そして微かな粒子となって、鏡の中に焼失した。

目の前にしゃがみ込む女を映し出すそれは、これ以上何かを映し出すことは有り得なく。

ただひたすら、現状だけを切り取り続ける。

(……さようなら、もう一人の私……)

完全に消失した分身に、安堵か哀愁か、再び滲む涙。


無邪気に匠海に恋をしていた自分は、今完全に ここに消滅した

兄のことで涙を流すのは、もう今日で終わり――


そう必死に己に言い聞かせても、先ほど目にした一文が目に焼き付いて離れなかった。

そして、

兄以外の男と交わった躰に、筆舌にしがたい寂寥を覚え。

両腕で己を掻き抱いたヴィヴィは、水分という水分を出し尽くす勢いで泣きじゃくり続けたのだった。




―――


ヴィクトリア



もう二度と会わない

幸せを祈っている


―――



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