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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第22章
FSの演技前半は、順調な滑り出しだった。
冒頭の4回転フリップは自分で満点をあげても良いくらい、理想的な着氷だったし。
3回転アクセルからのコンビネーション、4回転トウループ、単独の3回転ルッツは、
元夫である亡霊に対する主人公の畏怖を、最大限に表現しながら跳べたと思う。
なのに――
演技後半を知らせる曲――『Danza ritual del Fuego.(火祭りの踊り)』の出だし。
ヴィオラによるE音のトリルが鼓膜を揺らした、その直後。
何の前触れもなく腹部を襲った激痛に顔を歪めたヴィヴィは、それでも必死に両脚のブレードを外側に開き。
背中が氷面に着く寸前まで倒し滑走する、クリムキン・イーグルに入ったのだが。
(痛……っ)
再び襲ってきた痛みは、何故か腹部にではなく、リンクすれすれに倒していた背に、だった。
「―――っ!?」
リンクの天井を見上げていた灰色の瞳が捉えたのは、己の背を這いずり回る、無色透明な氷で出来た手・手・手。
不気味さを助長させる、E音とF音が交互に奏されるトリル。
それらが妙に反響するリンクの中で目を見開いたヴィヴィは、頭上に伸ばしていた両腕を、咄嗟に氷に付いた。
「~~ぃっ……た……っ」
無残にもイーグルで転倒した形となったヴィヴィは、氷に削られた両腕に顔をしかめる。
だが、それも一瞬のこと。
ぐんっと下に引っ張られた気がしたかと思うと、己の背を這いずり回っていた無数の手が、徐々にその腕を伸ばしていき。
そしてあろうことか、細腰を絡め取りながら、リンクの奥底へと引きずり込もうとしていた。
鼓膜をつんざくほどの轟音を立て、木っ端微塵に砕け散っていくリンクの氷。
そして、滑らかだった筈の氷上は今や、鋭利な硝子の如き刃となり、真紅の衣装をまとった白い肌にめり込み始めた。
「―――っ!?」
我が身を襲う強烈な痛みと、悪寒。
そして、
あまりにも非現実な光景。
さすがにここまで来ると、ヴィヴィも はっと我に返った。
(ちがう……っ こんなのは、絶対に違うっ!)
私が愛し敬意を払ってきたリンクは、絶対に “こんなの” じゃない。
眼前にそびえる、胴を突き抜けてなお伸び続ける血濡れの氷柱なんて、現実なんかじゃ有り得ない。