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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第5章    

 19歳の自分は、恋人である匠海に裏切られ、死が脳裏を過ぎるほど打ちひしがれていた。

 匠海との別れだけで無く、両親や友人・知人とも離ればなれになり。

 途轍もない寂しさとやるせなさの中、ここ1年と数ヶ月を過ごしてきた。

 でも、それは無駄な事なんかじゃなかったのだと、今 思えた。

 すとんと、腑に落ちた。

 匠海はこの結婚で、確かに幸せを掴んだのだ。

 匠斗という “宝物” を手に入れることで。

 白い歯を溢しながら、息子に笑い掛ける兄。

 その様子を見つめる灰色の瞳が、ふっと細まる。
 
 こんなに柔らかな微笑みを浮かべる匠海を、

 自分はやはり “好きだ” と思う。
 
 こんなに夢中に息子をあやし 世話をし 慈しむ匠海を、

 自分はやはり “愛している” と思う。

 細く高い鼻から漏れたのは、安堵の吐息か。

 それとも、諦観の吐息だったのか。

「………………」

 これで、良かったのだ。

 自分が匠海を諦め、身を引き離れたのは、決して無駄ではなかったのだ。

(……もう……辞めよう、かな……)

 こんな復讐めいたこと。

 兄を振り回すこと。

 自分を貶めること。

 この子を前にしたら、匠海を “性欲処理の道具” としている自分の行為が、馬鹿馬鹿しくなって。

 それと同時に、少し恥ずかしくなって。

 思わず薄い唇を窄めたヴィヴィ。

 子はかすがい――。

 それはその子の “両親にとって” だけでは、無いのかも知れない。

「ん? 抱っこするか?」

 目の前の席、匠斗を抱っこしながら座り直した匠海からの問いに、

 一瞬の躊躇ののち、ヴィヴィは静かに首を横に振った。

「………………」

 甥を抱っこ。

 今は少し、したい気もするけれども。

 しかし、ヴィヴィはそれを是としなかった。

 自分は誓ったのだ。
 
 もう この子には触れまいと――。

 自分の中の “真っ黒なもの” が、この子に染らぬように。

 この愛しい子を、穢さぬように。

 未だ掌に残る、暖かで柔い感触を握り殺し。

 そうして、何とか気を紛らわせ、

 目の前に饗されたメロンと、追加で頼んだシャンパンを食し始めた。

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