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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第1章
「コーチ。ただいま戻りました。長い間空けて、すみませんでした」
改まって挨拶したヴィヴィに、お爺ちゃんコーチはゆるゆると白髪の頭を振る。
「いいや。ショーが大盛況だったと、風の噂で聞いてるよ。ま、お疲れさん」
25日もの帰国期間中、10日間のショーへの出演、番宣番組の出演、そして2泊3日のスケ連強化合宿を熟してきた教え子に、ショーンは相好を崩して労をねぎらった。
準備を終えてリンクへ向かえば、年の近いリンクメイト達が自分の帰りを喜んでくれて。
その皆の笑顔に包まれ、ヴィヴィ心底 安堵を覚えていた。
昨年の5月に渡英したヴィヴィは、もう心身ともにボロボロだった。
最愛の人に裏切られ、五輪では世界中に無様な演技を晒し。
更に、プライベートな事まで取り立てて騒ぐ日本のマスコミに、心底辟易していた。
体調も万全ではなく、体重も減ったまま なかなか元に戻らなくて。
それでも周りに心配は掛けたくないと笑っていたヴィヴィに、彼らは言ってくれたのだ。
「無理して笑わなくていいんだよ?」
「日本ではどうだったか知らないけれど、ここでは素のヴィヴィでいていいよ」
「僕らはまだ君とは知り合ったばかり。 “笑わないヴィヴィ” しか、まだ知らないんだからね」
今から思えば、ここ英国でも「ヴィクトリア選手が東大で嫌がらせにあっていた――!?」と騒がれていた件が、伝わっていたのだと思う。
そうこうして、ヴィヴィは周りの言葉に甘え、無理して笑わなくなった。
心から笑いたくなれば笑えばいい――そう思っていた。
けれどそう思う時は、ついぞ来なくて。
それどころか、いつの間にか “作り笑い” さえ浮かべられなくなっている自分に気付いた。
そういう理由もあって、ヴィヴィは『冬眠』という単語を使ったというのもあった。
笑えない自分は、まるで冬籠りした獣の様に、感情さえも眠らせてしまった気がして――。
けれどそんな自分でも、周りの皆はいつも暖かく見守ってくれていた。
ある時は、BBQに誘ってくれたり。
ある時は、ピクニックやパンティング(舟遊び)に連れ出してくれたり。
コーチであるショーンは根気強く、ヴィヴィ自身と、ヴィヴィのスケートに向き合ってくれた。