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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第14章        

「どこでもいいじゃない。関係無いでしょ」

『うら若い妹が深夜になっても帰宅しなければ、心配するのは当たり前だろう?』

「はっ! 今更 お兄ちゃん面しないで」

『俺は兄だ』

「…………うざ」

 げんなりと酷い突っ込みを入れた妹にも、兄はひるむ事は無くて。

『ヴィヴィ……。ヴィクトリアは目を離した隙に、ふわふわどこかへ飛んで行ってしまいそうで、怖いんだよ……』

「………………」

 いつもより強張った兄の声に怯えを感じ取ったヴィヴィの脳裏に、昨日の記憶がふと過ぎった。



 つまずいた妻を咄嗟に庇った両手。

 心配そうに覗き込む視線。

 あの数秒の間。

 匠海の瞳の中に、自分の姿は無かった。


 兄は妹である自分から告白されて以降、

 良くも悪くも脇目も振らず、一心にその視線を妹へと注いでいた。

 恋人期間はもちろん、他人と結婚してからも、愛人関係に至ってからも。

 そして、破局した今でも。


 ぞっとする。

 あの切れ長の瞳が自分に向けられなくなる時が、近い将来必ず来る。

 自分以外の女――それは瞳子以外かも知れぬが――

 その女を憂いをはらんだ灰色の瞳が、熱っぽく追い掛け回す。

 そんな男を “実の妹という立場” で見続けなければならない。



 今までに味わった事の無い状況に陥った時のことを考えるだけで、恐怖で身体の芯から震えが沸き起こってくる。

『お前は本当に愛らしくて、器量も良くて……』

 追憶から引き戻した匠海の声。

『誰からも好かれて、周りの皆から愛されて……』

 いつも我が物顔で振舞っていた昔の兄からは想像も出来ない、弱さを曝け出した言葉。

『いつか……、いつか俺の腕をすり抜けて、どこかの男の檻に閉じ込められてしまうんじゃないかと』

 ふと、こんな内容の電話を わざわざ会社の昼休みにかけている匠海の姿を想像し。

 らしくない余裕を欠いたその言動に、薄い唇から漏れたのは盛大な溜息。

「じゃあ、しっかり捕まえてれば――?」

 そう言い捨てたヴィヴィは、問答無用で通話を切った。

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