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どこまでも玩具
第11章 立たされた境地
 「先生」
 唇が乾いている。
 長い沈黙で、空気も。
 類沢はフッと我に返ったように、煙草を取り出した。
 ライターが音を立て、きな臭さが漂う。
 父さんだ。
 突然父の姿が重なった。
 灰皿に灰を落とす仕草とか。
 母さんがそれをいつも片付けていたこととか。
 「夕飯作る?」
 俺じゃなくて、宙を見て云った。
 昼から食べてないから、お腹は空いていた。
 けど、首を振る。
 食欲がない。
 体は不満をぶつけてくるが、押しとどめる。
 「西雅樹……」
 「はい?」
 類沢は低い声で続けた。
 「さっきの青年の名前だよ」
 「ああ。そうでしたか」
 次になんて言おう。
 親戚ですか。
 知り合いですか。
 誰なんですか。
 詮索ばかり。
 この幼稚な脳にイラつく。
 思い浮かばないんだ。
 それ以外。
 はっとする。
 類沢は孤児院で育った。
 親戚などいるはずがない。
 くだらないことを訊かなくて良かった。
 なら……誰だ。
 沈黙がうねる。
 ゾワゾワと不快な気分。
 スッキリさせたいのに。
 その方法がわからない。
 「大したことじゃないよ」
 類沢は俺を見つめた。
 「大したことじゃない」
 言い聞かせるように、反復して。
 なら、なんでそんな複雑な顔をしているんですか。
 納得いかない心を鎮めて、そうですか、と相づちを打った。

 ベッドに横たわる。
 類沢は一時間程してそっと出て行った。
 泊まるつもりは無かった。
 ただ、気になったから。
 何を考えているのか。
 なにがあったのか。
 ただ、それだけ。
 金原に言ったら殴られるかもしれない。
 油断し過ぎだって。
 馬鹿かって。
 類沢のしたこと思い出せって。
 布団をギュッと握る。
 違うんだ。
 俺、やっぱり変なんだよ。
 金原。
 アカ。
 足音がする。
 次にソファーに座る音。
 また月を見ているのかな。
 煙草を吸いながら。
 こんなことを想像する自分が酷く滑稽だ。
 三カ月前には無かった自分。
 いや、多分二週間前までは無かったんだ。
 類沢のことが気になる。
 過去が気になる。
 類沢と関わった青年が気になる。
 寝てしまえ。
 そしたら朝になる。
 学校に行く。
 日常が戻って来る。
 あぁ、そうだ。
 明後日は終業式。
 もう、冬休みに入る。
 高校最後の休み。

 何かが起きる。
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