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どこまでも玩具
第12章 晒された命
大きなビル街の一角。
その一つから出て来た二人がそのままバーに入ってゆく。
「急な申し出だったのに、引き受けてくれてありがとうございます」
「やぁね。雅の願いならいつでもどこでもよ」
類沢は椅子を引き、女性のコートを受け取る。
注文したワインを舐めながら、彼女は微笑んだ。
「裁判は慣れてるけど……雅が客になるとはね」
「予想外でしたか?」
目を瞑り、首を振った。
「意外に遅かったくらい。犯罪者気質だもの」
「くく……弁護士に言われると何も言えませんね」
マスターがカクテルを作る音が心地よく響く。
時刻は5時。
冬の街は薄暗かった。
常連達は半分を占めている。
「雅はね、苦手なものがないわよね。だからそう見えちゃうの」
「苦手なもの、ですか。確かに思いつかない……いや、ありますよ」
「あら。なあに?」
類沢はグラスを置き、波面を見つめた。
赤い液体が揺れる。
渦を巻き、ほのかに泡を放ち。
「失いたくないものです」
女性が目を見開く。
それから溜め息を吐いた。
「そう……良かったわね」
「良かった?」
「ええ。施設にいた雅には、そんなもの無かったから。高校、大学も。友人や恋人をつくらなかったじゃない? 私は母親みたいに見守ってた」
「心配かけてましたか」
「んーん。心配とは違う。逆に今、雅がそう言って寂しくなったくらい。私歪んでるかしら」
「いいえ。歪んでるのは僕の方ですよ。恩師に心配かけて、偶に連絡したらこんな依頼なんて」
類沢はワインを一気に飲み干した。
喉を通る音が煩く脳を揺らす。
類沢はバジルの絡んだカプレーゼをフォークで突き刺し、ゆっくり口に運んだ。
そういえば、瑞希と食べたばかりだなとぼんやり考える。
「嬉しかったわ。雅が私を頼ってくれて。大学を卒業してからは住所すら教えてくれなかったもの」
「でしたね」
「避けられてるかと思ってた」
沈黙が下りる。
彼女はチーズを唇で潰し、舐め上げた。
過去を払拭するように。
「僕は貴女を母親という存在で見ていました」
「知ってる」
「それが崩れるのが怖かったので」
「知ってるわ。崩したかったのは私。雅が断ってくれて良かったのよ。あのままだと絶対に途中で縁が切れていた」
孤児院の職員だった弦宮麻那。
彼女の年は四十に近づいていた。