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どこまでも玩具
第12章 晒された命
足音が近づく。
類沢は指の隙間から人影を見た。
うなだれて、歩く男を。
「雅樹?」
「……宮内は」
目線で手術室を示す。
雅樹は目を見張り、それから椅子に座った。
ギシリ、と音を立てて。
涙の跡がそのままだ。
顔も洗わず来たんだろう。
呆然と宙を睨んでいる。
瞬きをした途端、ボロボロと涙が溢れ、彼は咽いだ。
「……ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
何回も。
何回も、繰り返す。
「雅樹」
ビクッと背中を震わせる。
「僕を殺したいなら、なんで瑞希を巻き込んだの?」
蛍光灯が不規則に点滅する。
切れかかっているんだろう。
「俺……俺は」
目線が泳ぐ。
脚が小刻みに床を叩く。
精神状態なんて、見るまでもなく、普通じゃない。
それはそうか。
たった今にも、人を殺めた罪に覆われそうなのだから。
「宮内が……あんなことするとは、思わなくて」
「だろうね」
「違うんです。あいつ……あいつ、こう約束しろって言ったんです。自分にまず釘を向けろって」
自分に、向けろ?
「俺……俺、意味わかんなくて……でも、約束だから……だから」
「だから瑞希を一旦刺そうとして、僕に向かって来たんだ」
つまり瑞希は、そこまで了承したうえであの場にいたのか。
「まさか、前に出て来るなんて……っ……薬だって効いてたはずなのに」
「睡眠薬は、なんで飲ませたの」
雅樹が黙る。
カタカタと震えたまま。
さっきまでとは別人だ。
類沢は少し語気を強めた。
「お前が飲ませたせいで、手術が成功しても……脳に後遺症が残るらしいよ」
「えっ」
身を起こした雅樹の顔が、クシャクシャになる。
枯れない涙を何度も拭う。
「なんで飲ませたの」
「自分から飲んだんですっ!」
余韻が空気に漂う。
「お前、ナニ言ってんの」
「本当です。俺からボトルを奪って、自分から……あ……」
雅樹がある事実にたどり着いたように固まる。
「だから……動けたんだ」
「なんの話?」
「絶対に、飲み干したら1日は動けない量だったんです。なのに……あのとき動けたのは……飲むフリをしたから」
わざと飲むフリを?
なんのために。
思考がある光に向かい走る。
なら、瑞希の意識はあったのか。
あの会話の間。
雅樹が手を上げる瞬間を待って。