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どこまでも玩具
第12章 晒された命
何時間経ったんだろう。
雅樹がズルリと壁にもたれたまま倒れる。
何本もの涙の跡。
やっと、気づいたか。
雅樹。
自分に。
類沢は額を押さえ、目を瞑った。
眠気はなかった。
ただ、霞がかる視界は、自分もおかしくなりつつあるのを示していた。
幼い頃の感覚と、同じように。
同級生が殴りかかって来た瞬間。
瀬々晃の背中を踏みつけた瞬間。
紅乃木父の玄関に入った瞬間。
頭のどこかで、何かが消える。
今にもそれが消えかかっていた。
自制が効かなくなる警告。
冷たい手で、携帯を見る。
午前4時。
発信ボタンを押し、無言で待つ。
廊下の向こうの硝子越しは、まだ暗い。
「もしもし」
「やっぱり今日は帰ってくれないかな」
「雅……」
「もし、今のまま帰ったら……見境無く殺してしまうかもしれない」
ドクドクと。
携帯を握る手から、獰猛に駆ける血の振動が伝わってくる。
通話を切って、暫くそれを手の中に包んでいた。
壊さぬように。
崩さぬように。
ガチャン。
全神経が目覚める。
顔を上げると、手術室の扉が開くところだった。
血まみれの服と、手袋。
執刀医らしい男が、マスクを外して会釈する。
彼の後ろの室内は嫌に白い光で満ちていた。
「宮内瑞希さんの……」
「教師です。養護教諭をしています類沢雅と申します」
「ほぉ。先生ですか」
「瑞希は」
「幸い手術は成功しまして、一命は取り留めたのですが」
医師が言葉を切る。
横を今にも倒れそうな助手たちが歩いて出て行く。
指示を出し合いながら。
「……一時的に、心拍が止まりまして、脈は戻りましたが、意識の方は」
鼓膜が閉じていく。
医師のセリフが聞こえなくなる。
口だけが動いている。
汗を拭き、溜め息を吐きながら。
サイレント映画を観ている気分だ。
人が去ってゆく。
瑞希が連れていかれる。
沢山の器具をつけていた。
その一つ一つが揺れても、なんの物音も聞こえなかった。
看護師の一人に病室の番号表を貰い、立ち尽くした。
誰もいなくなり、手を下ろす。
カサッ。
紙がコートに擦れる。
突然世界が騒がしくなった。
機械の振動。
遠くを歩く医師の話し声。
雅樹の寝息。
蛍光灯の電子がぶつかる音。
激しい頭痛に目眩がする。
黙ってくれ。