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どこまでも玩具
第12章 晒された命

 昨日の執刀医だ。
 白衣を纏うとまた雰囲気が違う。
 「類沢先生、でしたか」
 「名前でいいですよ。教職無くなるかもしれないので」
 「え?」
 「ああ。いえ」
 医師が言いづらそうに話し出す。
 「実はですね、昨日レントゲンを撮り、脳を調べたところによると……」
 「何か影でも?」
 「内出血の類は写らなかったのですが、記憶を司る器官の異常が報告されまして」
 健忘症。
 「原因としては、心拍が停止した際に血液が行き届かなかったことかと」
 別称は、記憶喪失。
 「確実に……なってるんですか」
 医師が頭を掻き、曖昧に答える。
 「意識が戻らない分には、なんとも言えません」

 椅子に座り、瑞希を見つめる。
 今、どこにいるんだろう。
 漂って、漂って。
 記憶すら零して。
 心臓は縫い目を傷つけぬよう弱々しく鐘を鳴らして。
 「瑞希」
 開く気がする瞼を撫でる。
 そんなのは錯覚だ。
 「今日はクリスマスだよ」
 病院の周りの街並みは、明るい色に染まっている。
 唇を噛み、カーテンを閉める。
 指先が痺れてきた。
 また、消えそうになっているんだ。
 その手を押さえ、衝動を堪える。
 「逃げたりなんかしないで、帰って来な」
 ピッ。
 ピッ。
 心音を代わりに伝える機械音。
 「これ以上待たせたら、麻那さんにも悪い。あの人、瑞希が男か女かもまだ知らないんだから」
 乾いた笑いが漏れる。
 ポンと布団に手を乗せた。
 「金原圭吾と紅乃木哲に今回のことを知らせたらさ、今度こそ殺されちゃうかもしれないね」
 シーツを握る。
 瑞希の体がほんの少し引っ張られ動いた。
 身じろぎしたように。
 期待なんて生まれる前に消える。
 「忘れたって、逃がしたりなんかしないよ」
 上を向いた手を握る。
 温かく、変化のない手。
 「お前は」
 瑞希の顔を眺める。
 何回も泣き、何回も笑った顔。
 助けを求め、拒絶をした顔。
 素直じゃない顔。
 「お前は僕のものだから」
 椅子を引き、立ち上がる。
 コートのポケットに手を入れ、中からメモを取り出す。
 「これ、今は瑞希が必要だね」
 死なないで。
 枕元に差し込み、シーツを整える。
 目を閉じて、額にキスを落とすと、病室を出て行った。
 このままだと、すぐにでも狂ってしまいそうだった。

 瑞希。
 また来るよ。
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