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一夜の愛、人との愛
第18章 刻印
真っ赤な背中に漸く追いついた時、男は一度振り返り真理亜の様子を確かめた。
何の揺らぎも感じさせない堂々とした表情は、確かに『森の主』と呼ばれていてもおかしくなさそうな威厳を感じさせる。
対して、その顔を見返した真理亜の表情は、不安と戸惑いで曇っていた。

―――たまには俺の言うことを聞け

―――余計なことを考える暇があったら、奴を追いかけろ

(追いかけて‥、何をしろっていうの?)

それさえ、真理亜は知らないのだ。
エデンの白い館の中で、ザレムを助けるために進むことを選択してから、満足に話をする暇も無いまま、この森に放り込まれて。
きちんと理解しようとする傍から泥のような眠りに落ちて、気付けば不思議な男に連れ去られていた。

「……」

前を歩く男の背中を、真理亜は無言で見つめた。

(この男が、森の主……)

猛々しさを感じさせる金髪の中から、自分を襲った男と同じように、三角形の耳が覗いている。
それだけ見れば猫の耳のようで可愛くも見えるが、視線を男の左手に向ければ、そこには、大きなグローブをはめているような、いかつい肉食獣の前足そのものがある。
作り物で無いことは、行く手を阻む木のつるを掴む指の動きからも明らかだ。

男は何の迷いも無く、ゆっくりと前に進んでいき、その歩みが止まる気配は無い。

(着いて行って、……平気なのよね?)

ふと、真理亜が胸に手を当てた。
静かに背後を振り向くが、ザレムの姿は無い。
こんな大きな森ではぐれたら―――。

(帰れない)

眉を寄せて前を向き直した真理亜の顔が、不意に目の前に迫った壁にぶつかった。
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