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白雪姫にくちづけを
第29章 彼女の涙腺
『さぁー?確かに、あずさちゃんが泣いてる姿はほとんど記憶にないわねぇ。それこそ浩巳と遊ぶようになってからは、あんたが泣くのを慰めてばかりだったし。下の子の面倒を見るのが上手で、よくウチも助かってたもの。』
帰宅した浩巳は、母親に同じ話題を振ってみた。しかし母もまた、あずさの泣いていた記憶は思い当たらないと言う。
『へぇ…やっぱりそうか。』
(ま、おれの記憶違いだろうな。…そもそも、アレは昔の記憶なのか?)
『…ちなみに、おれってあずさのこと、昔は何て呼んでた?』
母はアイロンがけをしながら答える。
『あぁ、確か“あーちゃん”って呼んでたわよ。』
(…あれ?)
『“あずちゃん”じゃなくて?』
『あー!あずちゃん!それ懐かしいわね!!』
アイロンの手を止め顔を上げると、母は興奮ぎみに話し出した。
『そうそう!あんた小さかったから、あずさちゃんって発音が難しかったのよ。だからずっとあーちゃんて呼んでて…
ちょうど4歳になってから「ず」って発音ができるようになったの!
それでも、あずさちゃんって一息に言うのは難しくてね。引越す前までは、“あずちゃん”って確か呼んでたわ。』
『ふーん…』
(じゃあ、さっき頭に浮かんだのは
おれが4歳、あずさが6歳の時の記憶か…?)
『よく覚えてたわね?その呼び方は一年と使ってなかったのに。』
『ふうん?ま、おれもほぼ覚えてないけどな。』
(でも、母さんが覚えてないんだから、あずさが泣いてたってのは信憑性がないな…)
───「なかないでよ」
そう声をかけた記憶はあるものの、泣いているあずさの姿は映像として彼の頭に思い浮かばなかった。