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隠匿の令嬢
第8章 忍び寄る影


 休暇明けのギルデロイのアトリエを初めて訪れたアリエッタは、以前描きかけていた聖女の絵を前に一心に筆で絵の具を乗せていた。


 途中、ギルデロイが部屋に入ってきて、カモミールティーを淹れているのにも気付かずに。ひた向きにキャンバスに向かう姿勢は灰ネズミの頃となんら変わりはない。


「アリエッタ? お茶が入った。休憩にしないかい?」


 老齢の男が持つ独特のしわがれ声に、アリエッタははたと振り返る。


「あ……教授。お久しぶりでございます」


 アリエッタは筆を置き、スカートの裾を広げて膝を軽く落とす。


 ギルデロイの講義はまだ受けておらず、休暇が明けてからの初の対面に挨拶をしたのだ。


「久しぶりだね、アリエッタ。いや、初めて逢った気さえするよ」


 愉しげに肩口を揺らすギルデロイ。アリエッタがきょとんとしているとますます愉しげに白髭を撫でた。


「噂には聴いていたが、見違えたよ。聖女が絵から抜けて出てきたかと思ったものだ」


「教授ったらそんな冗談をおっしゃって……」


 大袈裟に誉められ、アリエッタはどうしていいか解らなかった。






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