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隠匿の令嬢
第9章 息を殺して生きる理由
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礼拝堂から出たあと、アリエッタはどんな講義を受けて、どうやって馬車に乗り、そして乗り換えてレオの邸へと戻ったか、のちのちになって思い出せないであろう。
つい数時間前に食べた夕食のメニューだって思い出せない。
ナキラがしきりに様子のおかしいアリエッタを心配し、声をかけてきたが、受け答えしていたかさえ意識にない。
この日レオは王城へと行っていたようで、戻りは夜遅くになるそうだ。
頭の中はフィルターがかかったままなのに、その情報だけはするりと入り込み。
アリエッタは浴室で身体を清め終えてからバルコニーでぼんやりと外を眺めていた。
すると馬の嘶きと石畳を駆ける爪の音、馬車の車輪が転がる音が邸に近付いてくる。
(レオが戻ってきたんだわ──)
バルコニーの手すりに乗せていた手が落ち、アリエッタは部屋の中に戻る。
乾かしきっていなかった髪が夜風ですっかり冷えきっているが、気にするでもなくその髪にブラシを通す。
何度も、何度も。
鏡に映るアリエッタの瞳には光がなく、虚ろだ。
髪を整えると、ふらりと立ち上がり。
ナイトドレスにガウンを羽織ったアリエッタは、覚束ない足取りでレオの部屋へと向かったのだった。
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