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第9章 【ウィークエンドはあなたと】
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「‥ごはんを食べて一眠りしたら?
時間になったら起こしてあげる…」

焼き立てのスコーン、コケモモのジャム。
玉ねぎとベーコンのコンソメスープ、ベビーリーフとラディッシュのサラダ、目玉焼き、ダージリンティー。
葵が口元に運んでくれる食事を、受け入れ続けた。

底無しのがらんどうに食事が吸い込まれていくようだった。
葵が作る料理はすべてが美味しいはずなのに味がしなかった。
葵は一切食事を摂らず、私の給仕に徹した。ふたりでいちいち些細なことに笑った。

*****

「‥本当に良かったの?みちるちゃんが今いっしょにいたいのはオレじゃないでしょ…」

背中を向けて葵が呟く。お皿を重ねる音。

『葵といっしょにいたい。週末は葵と過ごす。決めてたから』

葵が振り向いた。微笑んでいた。

「‥【夢】から醒めたような顔をしているね。鏡を見てごらん…
あなたのそんな顔、オレは初めて目にしたよ」

途端に葵の微笑みが紙切れのように薄くなった。
触れたら粉々になってしまう、謝肉祭の空に舞う薄い硝子のようだった。

『―葵‥心ってどこにあるの?私、自分の気持ちがわからない…』

葵が更に笑みを深くした。
ほとんど泣いているようなものだった。

「‥迷子になってしまったか、盗まれてしまったんだろうね。
…みちるちゃんは誰とはぐれてしまったの?
誰に心を盗まれてしまったの?」


どうしてだか唇から乾いた笑いが洩れた。
葵が小さく息を吸い、いっしょに笑った。

「‥まだ目覚めたくないのなら眠っておきなよ。―そのまま、目を覚まさなければいい」

葵の大きな手のひらが私の視界を遮る。
温かい手のひらが触れて初めて、自分が泣いていることに気付いた。
目蓋を閉ざし葵の膝に抱かれる。
葵が途切れ途切れに子守歌を唄った。

このまま永遠に眠っていられたらいいのに―

『葵とずっといっしょにいたい。離れたくない』

葵がかすかに笑う。

「‥寝言?…
お仕事が終わったらまっすぐおうちへ帰っておいで。
―今夜はチーズリゾットだよ。トロトロ蕩けて、縺れて、絡み合おうね…」



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