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第12章 【乱・反・射】
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部屋の前に、ほころびかけた白い花の頭が落ちていた。
清く儚げな花だった。
拾い上げて部屋に入る。

窓を全開にする。
夕方なのに微風すら吹いてこない。
汗ばんだ服を脱ぎ捨て、下着姿になった。
バッグを漁り、爽介からくすねた品を取り出す。
煙草に火を点けた。
私が喫煙者であったことを、誰も知らない。
葵にも明かさなかった。
この部屋では一度も吸ったことがない。
吸っていたのは隣県の、《彼》と暮らしていた時期だけ。
誰も知らない、私の秘密。

久々の煙草は、酷い味がした。
そういえば煙草を吸っていた頃も、美味しいと感じたことはなかったなと思い出す。
煙草の箱とジッポが消えていることに、爽介はもう気付いただろうか?
少しくらい慌てればいい。良い気味だ、ザマーミロと薄く嘲笑う。

くわえ煙草のまま、横着に灰皿を準備し、グラスに白い花を浮かべた。
冷蔵庫からビールを取り出し、喉を鳴らして呑む。
貴重品をしまった引き出しから、写真を取り出した。
バースデーソングを陽気に口ずさむ。

『お誕生日おめでとう‥』

肝心な名前は、喉の奥で焦げ付いてどうしても出てこなかった。
煙草を揉み消し、新しい煙草に火を点ける。
そのまま黙々と不味い煙を吸い続けた。
身体中をニコチンに毒されて、私自身も煙になってどこかへ滔々と流れてゆきたかった。

白い花を浮かべたグラスを夕日にかざす。
燃える血潮のような夕焼けを背景に、一歩また一歩と死に近付く存在。

昨夜の芳香が漂ってくるのではないかと花に顔を寄せる。
煙草の匂いが邪魔をする。
またバースデーソングを唄った。
おめでとう。おめでとう。
20歳、おめでとう。

グラスの中に波紋が広がる。

―宵闇に咲いた《月下美人》はどんなに美しかったことだろう。













そして、葵は消えた。













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