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絹倉家の隷嬢
第5章 歯車

(3)

 あの日以来、修一は絹倉邸に行くことはなくなった。
 近寄る気も起こらなかった。

 それでも、修一は日々の欲情が抑えられず、毎日必ず厠で手淫した。
 精を放つ瞬間は快楽を得られるものの、放ち終わると虚しさと自己嫌悪だけが残った。
 にもかかわらず、修一は手淫を止めることはできなかった。



 夏の盛りも過ぎ、夜風が涼しくなってきたころ、修一は何かに誘われるかのように思い立って、ある夜、学生服姿で家を抜け出した。
 出かけに縄と鈎を持って行こうかしばし迷ったが、結局持っていくことにした。

 闇夜の森を抜け、修一は絹倉邸の裏手近くまでやってきた。
 森の中でやや遠目に絹倉邸を認めた時、修一は違和感を覚えた。
 何かが、違う。
 修一は足を速め、森を抜けて垣根のそばまでやってきた。

 夜だというのに、どの部屋にも一切の明かりが点いていない。
 修一はしばらく突っ立っていたが、やがて足音を忍ばせて垣根を越えて入った。
 屋敷の壁までやってくる。
 こちら側から見える窓には、一切明かりがない。
 今日は全員出払っているのだろうか。

 修一は屋敷の周囲を慎重に回ってみた。
 どこにも明かりは点いていない。
 玄関灯さえ点いていない。
 修一は、誤って違う館の敷地に忍び込んでしまったのかと思った。
 しかしやはり何度見てもここは絹倉邸で間違いない。

 修一は一階のいくつかの窓に近づき、中を見てみた。
 どの窓にもカアテンが掛けられておらず、調度品や家具の影すら見えないのだ。

 そのうち、鍵が掛かっていない窓を見つけた。
 廊下沿いの窓のようだ。下から上に引き上げ、中に入る。
 修一は明かりはおろか、人の気配すら全くしない廊下を歩いた。
 片っ端から扉を開けてみる。
 が、誰もいない。
 何も置かれていない。
 がらんどうなのだ――。
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