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くちなし
第5章 交
「昴くん…?」
暗い中でも顔がよく見えるようになってきた。
真っ直ぐ私を見つめてくるが、距離は保たれている。
いつもなら、すぐキスしてくるのに…。
「あぁ…ダメだ。もう、気安く雅ちゃんに近づけない。
 僕はね…臆病でずるい…。だから、本気になれない。
 あの時雅ちゃんに迫ったのも、本気じゃなかったから。
 けど…今は……。」

「…昴くん…もう言わないで。きっと…今考えてることは…きっと…間違い…勘違いだよ。私のこの香りのせいなの…。だから…。」

「雅ちゃん!違うって!…ごめん。けど最初は、興味本位で近づいたんだ…。」

「うん…そうだと思う。皆そうだから…。」

胸が苦しくなってきた。

「けど、違うんだよ。香りも魅力的だと思う。けど…もっと内面的な…。」

ああ。胸が締め付けられる。

「も…もういいよ。大丈夫。昴くん…私自分のこと…知ってる…から。」

自分という存在を消してしまいたいと思っていたこと、不信感を抱き始めた時のことがフラッシュバックしてくる。
頬を涙がつたう。

「ね…。僕の前で強がらないで。弱さ見せたっていいんだよ…。全部雅ちゃんだから。」
「ん…昴くん…だって…見せてよぉ…。」
「え…。」
「だって…私…昴くんのこと全然知らない。昴くんは、かっこつけすぎだよ…。かっこ悪いとこあったっていいよ。」

昴の指が私の涙を拭う。

「泣いてるの…?」
私を覗き込むように見る。

「自分が惨めで、おぞましくて…。憎い。」
「っ!!…雅ちゃん…。」

ーふわっー

「っ…!!」

昴に包まれ、熱が伝わってくる。

「雅ちゃん…かっこ悪いとこも…弱いとこも…お互いにね…?…ねぇ。キスしたいなぁ。」

「…ん。…っちゅ…。」
昴くんも、こんなに優しい壊れそうなキスをするんだ。

「…は…雅ちゃん…。…んん。」
「…ん。……ぁ…。」

昴の唇を求めてしまう。
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