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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第2章 弐
     【弐】

 その数日後の朝、お民の住まいを差配の彦六が訪れた。差配というのは大家になり代わって、店賃を集めたり、裏店で起こる様々な問題に対処する役目を果たす。
 徳平店の大家は日本橋の紅屋という紅白粉問屋の隠居惣右衛門だが、老齢のためにこの彦六が差配として万端を取り仕切っている。
 ちなみに、彦六は煮売り屋を営んでいる四十半ばほどの気の好い男だ。
 その日は朝から小雨の降る寒い日だった。
 彦六の家は神田明神下の方にあって、普段、滅多に顔を見せることはない。
 お民は突如として訪ねてきた彦六に熱い茶を淹れ、勧めた。
 ところが、どうしたものか、いつもは大黒天を彷彿とさせるような恰幅の良い男が難しげな表情で座り込んだまま、湯呑みを前にして黙り込んでいる。その日は生憎の雨で源治も丁度家にいたため、お民と源治は気の好い差配のいつにない浮かぬ顔に思わず眼配せし合った。
「困ったことになった」
 どうしたのかとお民が問おうとするのとほぼ時を同じくして、彦六が唸った。
「何か―あったんですか?」
 躊躇いがちに訊ねると、彦六は更に眉間の皺を深くして黙り込む。
 たまりかねた源治が言った。
「差配さん、何か厄介事でも起きたんですかい?」
 その言葉に、彦六が弾かれたように面を上げる。その視線が源治、更にお民へと忙しなく泳いだ。
「源さんの察しのとおりさ、厄介事も厄介事、生半可なもんじゃない」
 常であれば、こんな持って回った物言いをせぬ彦六にしては珍しく、歯切れの悪い言い様だ。
 その不自然さに、お民と源治はまたも二人してどちらからともなく顔を見合わせる。
「差配さん、ただならねえことが起こったのはよく判ったが、良い加減に何があったか教えちゃくれませんか」
 源治が控えめに言う。
 彦六は大きな吐息をつき、頷いた。
「実はなァ、源さん。大家の紅屋さんがここ(徳平店)を売ろうってえ腹づもりになってるのさ」
 「えっ」と、お民は思わず叫んでしまった。
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