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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第11章 第三話・弐
 お民は、やっとの想いで口にする。
 と、源治がおもむろに立ち上がった。
「ちっとばかり行ってくらぁ」
「お前さん、行くって、一体どこに」
 お民が縋るようなまなざしで見上げると、源治はニと唇を笑みの形に引き上げた。
「決まってるだろうが。石澤とやらの侍の家に行くのよ」
「でも」
 源治一人で乗り込んでゆくのは、あまりにも無謀すぎるのではないか。
 お民が言いかけると、源治は口をぐっとへの字に曲げた。こんな顔をすると、普段は徳平店の連中のよく知る物静かで沈着な男の貌から、正義感の強い、結構な意地っ張りへと変わる。
「手前(てめぇ)の倅が理由(わけ)もなく突然、かどわかしも同然に連れてかれたってえんだ。これが大人しく引き下がれるわけないだろう」
 源治が威勢よく啖呵を切ると、お民は自分も立ち上がった。
「私も行きます。私も一緒に連れていって下さい」
 源治が真顔になって首を振った。
「お前はここにいろ」
「でも、龍之助は私の産んだ子です」
 源治があの子を取り戻しに行くというのなら、自分だって―、そう言おうとしたお民の頭に源治の分厚い手のひらが乗せられた。
「あの石澤って男には、お前はむやみに近づかねえ方が良い」
 そのときの源治の瞳には強い決意が漲っていた。
―どんなことがあっても、俺はあいつにお前を渡さねえ。
 男の気持ちが切ないほど伝わってきて、お民は静かな衝撃を受けた。
 良人の気持ちが判るだけに、お民はもうそれ以上、自分も連れていって欲しいとは言えなかった。
「お前は、ここで俺と龍の帰りを待ってろ、なっ」
 まるで幼子を諭すように言われ、お民は力なく頷いた。
「―十分、気をつけて下さいよ。相手は刀を持ったお侍ですから」
 龍之助を攫った憶えなどないと突っぱねられ、最悪の場合、言いがかりをつけた無礼者としてその場で手討ちになったとしても、文句は言えない。―それが、当時の封建社会の武士と町人の身分差が生む理不尽さの最たるものであった。
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