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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
 お民が床から起き上がる気力もないほど弱っているときは、流石に顔を見ただけで帰ってゆくこともあったが、今夜はどうなのだろう。また、吐き気をこらえながら、男に身体中を弄(いじ)られるのかと思うと、考えただけで涙が出そうになった。
 と、ふいに襖の開く気配がした。
「今日は具合はどうだ、そうやって起きているところを見ると、気分は良さそうだな」
 声がしたかと思うと、嘉門が枕辺にゆったりと座った。
「きれいだな。―石榴の花などこうしてゆっくりと見たことなどなかったが」
 嘉門はそれでなくとも上背のある身体で伸び上がるようにして庭を眺めている。
「ここはいつも静かだ。そのせいもあるのかもしれないが、ここに来て、そなたの側にいると心が落ち着く。だが、俺はそなたの笑うた顔を見たことがない」
 嘉門がお民の顔をじっと見つめた。
「―泣いていたのか」
 どうやら、うっすらと涙ぐんだ顔をしっかりと見られてしまったらしい。
「俺は、そなたに苦痛を与えているだけの男なのだな。教えてくれ、お民。俺は一体どうしたら、そなたを笑わせてやることができるのだ?」
 嘉門は独り言のように呟くと、後生大切そうに抱えてきた大きな包みをお民の前に押しやった。美しい紅色の薄様紙で丁寧に包まれたそれを嘉門自ら開いてゆく。
 何事かと見つめていると、中から現れたのは蒼い焼き物の鉢に植わった大ぶりの花だった。不思議な形の花だ。
 注意深く見ていると、紫陽花に似ておらぬこともないが、それにしては花の形が奇妙なように思える。
 興味を引かれ、嘉門に問うとはなしに問うた。
「これは―紫陽花にございますか? 葉のかたちは紫陽花によく似ておりますが、花が何やら違うようにも見えますが」
 流れるような花びら、その形は菊にも似ている。
 お民の問いに、嘉門は口許を綻ばせた。いつも何を話しかけても、反応に乏しいお民の関心を引いたことがよほど嬉しかったのだろう。
「珍しいであろう」
 まるで親に久方ぶりに賞められた子どものように喜色を露わにしている。
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