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吼える月
第33章 出芽
◇◇◇
『一年前、イーツェー家を皆殺しにして……自ら命を絶ったのだ』
ラクダの神妙な声に、重苦しい空気が漂った。
サクはサラの実家のことは、詳(つまび)らかには聞いてはいないが、ヨンガというサラの妹については記憶があった。
――ヨンガはね、私の理解者よ。
母が大切にしていたその妹と、連絡がつかなくなったと言っていたのはいつの頃だったか。サラが不安そうな顔をしていたのを覚えている。
サラが全うすべきだった朱雀の武神将の地位を、サラの自由のために押しつけられたヨンガ。
そのヨンガが、一家を滅ぼして自殺したのは、どんな理由があるのか。
「俺……知らねぇぞ、そんな話。親ふたりとも知らないはずだぞ!?」
サラなら、隠しきれないと思うのだ。いくら捨てた家とはいえ、大切な者が殺戮に至る動機を、自分のせいだと自分を責めて落ち込むはずだ。そしてハンも、隠しているようには見えなかった。
『武神将の汚名は、国外にもたらしてはならぬ。それは緋陵の沽券に関わると、祠官はそう判断したのだ。それでなくとも緋陵は、他国の男達に負けぬように懸命だったからな。だから隠した。なにもなかったかのように振る舞い続けた』
「武神将なしでか!?」
『ああ。イーツェー家以外には、武神将の素質がなく、我は認めなかった。それゆえの苦肉の策だろう、武神将がいないのに居るように思わせたのだ』
「でもよ、一年前って言ったら、予言対策で各国顔を見合わせていた頃だったろう?」
『顔を合わせた時は、ヨンガはおったのだ。うまく、切り抜けられていた』
「お前、ヨンガの殺戮に怒らなかったのかよ。お袋の代理とはいえ、素質があったからお前が選んだんだろう?」
『ヨンガが生きているのなら、我の武神将の資質として我も問責したり罰したかもしれぬが、理由わからぬままにヨンガは死んだのだ。我が認める武神将が民からあがってこぬば、我はなにもできぬ。民に自ら介入することは禁じられているゆえ』
「ヨンガが狂う前兆はなかったのかよ? 一年前に。ん? 一年前……」
サクは目を細めて、ユウナを見た。
そしてテオンを見た。
「なあに、サク」
「何だよ、お兄さん」
「一年前って……リュカが動き出した時じゃねぇかよ」