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吼える月
第36章 幻惑
『朱雀の我には翼があって飛翔していたのに、なにゆえこんな危険な道を、こんな格好で歩いて行かねばならぬのか』
朱雀としての矜持はあるらしいラクダが、鼻の穴を大きくさせながらぼやく。
「ラックー。本来の姿がどうであれ、イタ公なんてきっと、突起みたいな小せぇ足をちょこちょこ動かして、きゃっきゃと喜んで二足歩行するぞ? 要は慣れだ、慣れ。いい加減、自分の足で人間界を楽しんで歩いてみろよ、お前腐っても神獣なんだろう?」
『ふ、ふむ。どれ……』
恐らくサクが知る白いふさふさイタチは、わざわざ歩くよりも定位置とばかり自分の肩か頭に乗って口だけ出しているだろうと思いながらも、放ったサクの言葉のどこがラクダを奮い立たせたのか、ラクダは生まれたての仔牛のようによろよろと、そしてぶるぶると四肢を震わせた立ち上がった。
……が、途端にどこからかミシミシと音がしたため、小心者のラクダはまた座って、恐怖の鼻水を垂らした。
「ラックー。立っても座っても、体重は同じだぞ?」
『しかしな、みしみし度合いが違うのだ。はぁ、どうすればよいのだろうか』
「ラックー、あまり深く考えるなよ? 深く考えたら、一本しかねぇ毛が、またはらりと落ちちまうぞ?」
ラクダは慌てて二本の前足で頭を抱えたが、そこで感覚が狂ったらしく、ずるりと落ちる。
ユウナが悲鳴を上げ、サクがユウナの上から軽やかに飛んでくるが、ラクダは後ろ足で道を挟み込むようにして、ぶら下がっていた。
『ばへぇぇぇぇぇ!!』
サクは座り込むようにして、ラクダの背に手を伸ばし、くるりと半回転させると、驚きと逆さのあまりに目を充血させたラクダの顔が出てくる。
『こ、怖かったのだ……』
「ああ、そうだな、怖かったな。おい、大丈夫か?」
背を丸めて座り込むラクダの背を、サクが大きな掌で撫でていた時だった。
「サク、なにこの轟音!」
突如聞こえて来た不穏な轟音は、地響きをも伝えてくる。
「やべぇかも」
後方を見つめるサクが剣呑に目を細めながら、頭を掻く。
「やばいって!?」
「ちょっと、とろとろしすぎたようです。後方が……、俺達が進んできた道がすげぇ勢いで崩れ落ちて、こちらまで迫り来てます」