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吼える月
第36章 幻惑
……それをサクはやってのけた。
つま先に体重を乗せれば刃物にまで真下に沈むのであれば、沈みきる前に、綱が切れる前に、重心をすぐ前にずらして前に進めばいい。
重要なのは綱の上の一歩ではなく、次に踏み出した二歩目でなのだとわかった時には、サクの身体は意識よりも先を読むようになり、どんな場でも最善の体勢で安定出来るようになった。
「ひっでぇ親父ですよね。息子をそんな目に遭わせるなんて。だけどそれがあるから、今の俺がいると思えば、まあ……親父に感謝ですが」
その体験談は、ユウナだけではなく、ユウナの後ろにいるラクダも口を開けたまま絶句した。それに気づかずして、サクはぱんぱんと手を叩いて、朗らかに言った。
「さあ、お喋りはこれくらいにして、前に進みましょうか。姫様、せめて俺の手を取りません?」
「取りません! あたしはひとりで進むの」
強情なユウナに苦笑するサクは、ユウナの後ろでズルッズルッと不気味な音を放って動く巨躯を見て笑った。
「おい、ラックー。お前、さっきから座り込んだまま動くなよ。それは〝移動〟じゃねぇぞ?」
ユウナがちらりと後ろを向けば、ぜぇぜぇと肩で息をしているラクダが、道に両足を広げるようにして座りながら、前に着いた両手で身体を支えるようにして、重そうな尻をズルズルと、前に引き摺るようにして動かしている。
この細い道は、ラクダの四肢にある蹄よりもかなり細く、さらに前方のユウナがあまりにのろのろと歩いているために何度も落ちそうになり、今では跨ぐように座った姿勢で、ずるずると動いて速度的には丁度よい。