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吼える月
第36章 幻惑
「まあ、戻ってきてくれたのね。イタ公ちゃん、イタ公ちゃん、聞こえる? ああ、やっぱり……駄目か」
落胆した様子のユウナだったが、ラクダは突き刺さったままの刀をじろじろと眺めた。
『この模様……、確かに玄武刀ではあるが、玄武が己の持ち物を託すなど奇異なるものよ。しかし、これが我を脅かしたのか? 玄武は我を殺めようとしていたとか……ひ、ひひひんっ、ひひひひひんっ』
「ど、どうしたのラックーちゃん。まるでお馬さんのような声!」
見ると、ラクダが両手で刀の柄を持ち、引き抜こうとしているらしい。
赤い顔に血管を浮き立たせ、しかも鼻の穴をさらに大きくさせて力んでいるラクダは、もはや魔物と言ってもいいほどの有様だったが、やがて刀から両手を離すと、ぜぇぜぇと肩で息をした。
『……姫よ、これを持ってきたと?』
「ええ」
『これを引き抜けるか?』
「わかったわ」
ユウナは柄に両手をかけると、「ぅん!」と可愛らしい声を出し、両手で刀を引き抜けば、ラクダは恐ろしいものでも見ているかのような形相で尻餅をついた。
『なんと、これが抜けるのか!』
「きっとサクやシバなら、片手で揚々と引き抜ける……って、そうよ、サク。ラックーちゃん、サクが大変らしいの。サクはどこにいるか知っている?」
ユウナはきょろきょろとあたりを見回すが、地面だけが続き、サクの姿はどこにもない。
『あの小童なら、恐らく……』
ラクダは怖々と、手で一点をさす。
『あそこから、なにやら邪なるものの息吹を感じるのだ。力を無くした我がそう感じるのだから、玄武刀を扱える姫ならなにか感じるであろう』
「んー……」
ユウナが目を凝らすと、なにか黒い靄のようなものが蠢いている気がした。
そしてその靄は、息が詰まりそうなほど悪意に満ちている。