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吼える月
第37章 鏡呪
ユウナの拝礼は、文句のつけようのない完璧なものだった。
だが顔を上げたユウナの目には、野生を剥き出しにしたような、ぎらぎらとした憎悪を宿し、隠そうとしていない。
心は屈していないと、挑発的に主張する強い眼差しに、ヨンガはくっと口元を吊り上げて言う。
「……なんでもすると言ったな。ではユウナ、国を捨て緋陵の民となり、玄武に捧げていた祝賀の舞を、朱雀に捧げて見せよ。さすればその者達の命、繋ぎ止めていてやろう。瀕死の者も、朱雀の秘術によって一命をとりとめよう」
それは魅力的な条件ではあった。
だが、ユウナの目が驚きに見開かれる。
「……国を……黒陵を捨てろと?」
黒陵は亡国。
されど、ユウナの心には神獣玄武がいる。
それを捨てて朱雀を敬えと、ヨンガは言う。
今まで玄武に捧げてきた信仰の舞を、別の神獣に捧げよという。
「あたしは生まれも育ちも黒陵。それを捨てるなど、神獣玄武が許さないわ」
「ほう? 許さぬという玄武はどこにおる? 玄武の加護があるのなら、我が義兄より継いだ玄武の武神将たるサクも、簡単にやられはしまい」
まるで、玄武の危機を知っているかのように。
「使ってみよ、玄武の加護の力があるというのなら。今、ここで」
「ユウナちゃん、駄目!!」
挑発に乗ってはいけない。
選択を誤ってはいけない。
最善の道を、自分が選び取らねばならない。
遠回りしている時間はない。
ユウナは深呼吸をして、首をふるりと横に振る。
「尊き神獣の力は、人間如きが感情にまかせて試せるものではありません」
「ほほう、感情的だと思ったが、それだけではないようだ。さすがは黒陵の姫。ならば、私に対しての堂々たる拝礼に免じ、手を差し伸べてやろう」
ヨンガは笑う。
ますます残忍な笑みにて。
「お前が捨てられぬのなら、こちらが捨てられるように手助けをしてやろうじゃないか」
ユウナの胸に、嫌な予感がよぎる。
「……これより開く宴に出よ。緋陵流でもてなしてやる。宴が終わる頃には、お前の心は自ずと緋陵に染まっていることだろう」
緋陵流のもてなしというものが、好意的には思えない。
だが、それを受け入らねば、どうなる?
助かるかもしれない命の灯火を、消すわけにはいかない。
ならば、取るべき道はひとつ――。