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吼える月
第38章 艶宴
怖い。
とにかく怖い。
威風堂々とした外貌をしている熊鷹も、どこからみても喜劇としか思えない……鼻水を垂らした巨大なラクダも、壁に背をつけて完全に逃げ腰である。
仲間であるテオンを助けようなどという気持ちは、微塵にもないらしい。
ただひとり、異質なのは――。
「ユエもお姉ちゃんとおねんねしまちゅ。きゃはははは!」
嬉しそうなユエである。
朗らかな笑い声を復活させ、随分と状況を愉しんでいるようだ。
「ユエちゃんはお姉ちゃんが好きなんでちゅか?」
「好きでちゅ!」
「だったらテオンちゃんは、どうなんでちゅか~?」
……頼むから、その外見で幼児言葉はやめて欲しいと、テオンは思う。
しかしこの言葉遣いの間、老婆はにこやかだから、なにも言えない。怒ったら最後、あの凶器を手にしてみじん切りにされそうだと、予感のような恐怖を感じればこそ。
そもそもテオンがこんな理不尽な環境を耐え忍ぶ羽目になったのは、ユエの提案なのである。
ユウナが宴に出ることに同意し、子供と動物だけが別の場所に連れられた時、真剣な顔をしたユエが耳打ちしてきたのだ。
――テオンちゃん。今からテオンちゃんは、ユエの2つ上くらいの〝お姉ちゃん〟だからね。イルヒちゃんを目指して、頑張って!
少年のような振る舞いをするイルヒは、テオンの相棒でもあったから、真似することは容易い。
宛がわれた部屋にはこの巨大老婆がいて、まず彼女はこう威嚇した。
――オスの匂いがする。まさか、ここにオスはいるのかえ!?
その瞬間から、テオンは男を捨て、動物たちも股間を隠してしおらしさを見せたところ、老婆はあっさり騙され――甲斐甲斐しく世話を始めたのだ。
ユエがなぜ先に、解決策を提示できたのかは不明だ。
先を見通せるほど聡明そうには見えないし、相変わらずきゃはははとわらっているだけだ。
それでもユエは侮ってはいけない存在なのは間違いないのはわかる。
その結果、ところどころ切迫した危機を感じながらも、まずまず穏やかな場所で、いられているのだ。……矜持と引き換えに。
どう見ても美丈夫な大人の男であるシバやサクは、こんな和やかな環境にはいないだろうと思う。どちらがいいのかと言われれば微妙ではあるが、差し迫った危機に窮していないだけ、テオン達の方がましなのかもしれない。