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吼える月
第38章 艶宴
◇◇◇
通気性がいい石造りの部屋――。
床には毛並みがいい獣の毛皮が敷かれており、赤子をあやすための小道具が散乱している。
「ねんねんころころ、おころりよ~」
その場所で、優しげな女の声が響いていた。
女は子守歌を唄いながら、両膝に顔をつけて横たわっている子供の背を軽く叩いている。
もぞりと、子供のひとりがみじろぎをして、睫毛を震わせた。
「あらあ、テオンちゃん。まだおねんねしないんでちゅか?」
子供の顔を覗き込む女は、皺だらけの老婆だった。
笑みを作っているらしいが、にたあと不気味に笑う鬼婆にしか見えない。
「悪い〝お嬢ちゃん〟でちゅね~。ん~? おっぱいが欲しいんでちゅか~?」
老婆が皺だらけの垂れた乳房を出そうとする。
「いりましぇん、いりましぇん! おねんねしまちゅ!」
このまま気が遠くなって意識を失いたい――そう切に願いながら、慌てて目を瞑ったのは、幼女のふりをしたテオンである。
テオンの実年齢は三十を過ぎている。
いかに子供の中で育ったとはいえ、蒼陵の男として……そして青龍の力を持つ祠官としての矜持がある。
……だがそんな屈辱など、この老婆の前には塵にも等しい。
この老婆、骨と皮という痩躯の上、かなりの巨体だった。
その大きな口からは、子供を頭から丸かじりするのも造作ない。
醜女(しこめ)と呼ぶより、巨大餓鬼と言われた方がしっくりきた。
さらに散々あやされた小道具に、まるで子守に相応しくないものがある。
それは――肉切り包丁である。
巨大老婆の手の届く範囲に、その物騒なものはおかれていた。