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吼える月
第8章 覚悟
「だがただ"移動しろ"だけでは、黒崙の民は簡単には黒崙を捨てはしない。移動時間だって時間がかかる。移動できたとしても、なにか困難なことがあるたびに、サクのせいだと怨恨が根強く残ってしまう。
それでは駄目だ。だからそれを解決するには、姫さんの切実なる訴えが必要だった。納得した移動を完了させねば、サクは民の個々の保身でいずれ売られる。黒崙の民のひとりひとりが、刺客となる。
……正直、お前達がそこまでの凄惨な体験をしていたとは、俺自身想像していなかった。リュカやリュカの傍にいた奴や餓鬼を相手に、よく無事に姫さんを護れたな、サク」
息子を褒めた後、その顔は怪訝なものへと変わった。
「だがお前――…そこまで強かったか?」
事実を看破されそうで、サクの心臓は跳ね上がった。
「……俺は……」
すべてを見透かすような鋭い視線を受け、サクはどもるようにして口を閉ざしたまま、その視線を外すように斜め下を向いた。
僅かハンの目が細められる。
「……まぁ今はいい。サク、旅立つ支度をしろ。黒陵はお前達にとって鬼門となる。蒼陵のジウ殿を頼れ、俺が手紙を書くから。
まあ玄武の祠官が死んだことで、倭陵の結界が崩れた事実は変わらない。あっちもこっちも大騒ぎ状態かもしれんが。ジウ殿は、お前も知っての通りに情に厚い。力になってくれるだろう。……船はもう出た後だな。明日の早朝、急いでここを出ろ」
「……っ」
「サク?」
苦しそうに唇を噛むサクの仕草を訝しげに見ながら、ハンはサクの耳飾りがひとつしかないことに気づいた。
ハンは眉間に皺を寄せるようにして一度目を瞑ると、サラに向いた。
「……サラ。姫さんを風呂に入れて、髪を洗ってやれ。それから晩餐の宴を。精のつくものをたっぷりな」
「勿論よ! さあ姫様……」
「あ、あのね。ハン、話があるの。あたし……」
「姫さん、悪い。後にしてくれ。ちょっとサクと至急話がある」
なにか言いたげだったユウナは、口をつぐみ……サクはこくりと唾を飲み込んだ。
あまりにサクを見つめるハンの眼差しが、鋭利なものであったから。