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吼える月
第10章 脆弱
「もしかして、傷心のユマがタイラに抱かれている……とか?」
「それならまだいい。自宅から出てきた街長がさっき言っていたが、街長の部屋にある、街長だけが持つ黒崙の紋章の飾りがなくなっていたそうだ」
「……」
「なにか嫌な予感がするんだ。タイラはユマに盲目な面がある。もしもユマが……お前に振り向いて貰えない腹いせに、タイラを伴い、街長の権威たる紋章を持って、街の外に出たとしたら……」
その時だった。
一頭の馬の蹄の音が、街内に響いてきたのは。
「サク、物陰に隠れろ」
ハンの指示で、花壇の影にサクは隠れた。
漆黒の夜空の元、赤い月が照らしだしたのは――
大きな荷物を馬の尻に括り付けた、馬上の若い青年の姿だった。
きりりとした面差しは、まるで氷の彫刻のように精細に整い、長い黒髪を高い位置からひとつに結んでいる様は、実に気品があって凜々しい。
その青年が前に抱くのは、5歳ほどの幼女。
黒髪は肩で切りそろえられ、赤く小さい唇が愛らしい。
大きな目をくりくり動かしてハンを見ていた。
幼女の服装は、黒陵でも流通している赤い貫頭衣であるのに対し、青年が身につけているのは、兵士のような武具ではなく……上質な絹布を体に巻いただけの軽装であり、狩猟を主とする山深いこの国においては珍しい、異国の服装だった。
その奇異な服装は、武闘大会の観覧席に座していた……倭陵中央の、皇主やその側近達が似たような服装だったことをサクは思い出す。
このふたりがどんな関係かは知らないが、兵士ではなく、皇主に仕官している可能性が高い者が黒崙に出現したことに、サクも……そしてハンも体を強張らせて、警戒する。
「汝、黒崙に住まう玄武の武神将か」
青年は、声高に言った。
「いかにも」
威厳に満ちた様子で、ハンもまた恐れもせず馬上の青年を見た。