この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第14章 切望
ようやく事態に気づいたらしいサク。
くぅ~くぅ~と腹の虫のような変な音が聞こえているのは、サクの頭に乗せられた子亀からだ。なんだかくったりしていて、時折サクが声をかけている。
サクの手に渡ったあの赤い柄は、ジャキンと音をたてて刃物が飛び出て、それはひとつに固定されることなく、まるで鋼の鞭のような多節棍となった。
それを自在に操りながら、餓鬼を切り刻むその姿は圧巻。
だが集中力が別の場所にいっているサクの動きは、ユウナの目から見てもいつもに比べればいまひとつで、さらに切り刻んでも、食らい尽くそうと動く餓鬼の本能は執拗で戦慄ものだった。
これではきりがない。
体力勝負なら、精神力をすり減らしているサクが不利だ。
自分が。
自分がサクを護りたい。
自分が――。
――ひ・め・さ・ま~。
だが、怒られる。
定位置とばかりに、サクの後ろに立たせられる。
自分は、ただ護られるだけの存在にはなりたくないのに。
後ろは、駆け下りることが不可能な崖。
海に飛び込むには高すぎる崖。
さあ、どうする――?
そんな時、氷柱が餓鬼を襲った。
凍り付いた近衛兵の骸が弾け飛ぶその様に、ユウナはただ驚いて目を見開いた。
――親父の仕業かよ!!
息子も息子なら、父も父だ。
なんで傍にいないくせに、大自然の力を勝手に動かせるのか。
これが玄武の力だというのなら、容易く使えるこの親子はなにものだ。
そして……ユウナは聞いた。
この状況にそぐわぬ美しい笛の音と、馬の嘶(いなな)く音。
笛の音は、澱んだ空気を清澄化していき、餓鬼の増殖を妨げていた。
「お前は――!?」
サクが驚いた声を発する。
笛を吹いていたのは、馬の上で……恐ろしいまでに美しい顔をした男に抱かれた、赤い着物を着た黒髪の幼い少女。
少女はサクと視線を合わせると、笛を奏でるのをやめた。
そして――。
「きゃははははは。
また会ったね、サクちゃん」
そう、無邪気に笑った。